第19話 見えてきた真実
第19話です。
茜さんが……多重人格……?
「え、それっていうのは…………」
状況を飲み込んで理解していることを示したかったが、口から言葉が何も出てこなかった。
「空くん、大丈夫。ゆっくり落ち着いてから、私も続きを話すよ」
「はい。…………………………大丈夫です。話をお願いします」
そんな重大なことを今まで知らなかったショックは大きかったが、それ以上に茜さんについて知りたいという想いが出てきて、意外にもすぐに冷静になれた。
「じゃあまずは、茜の多重人格の性質、どのような多重人格なのかについて話をしようかな」
「多重人格の、性質……」
「茜の多重人格の特徴としてあるのは、大体の人格が入れ替わる時間が決まっているということなんだ。前後30分くらいの誤差があるとはいえ、大体の時間が決まっているから、トラブルが起こることも防げているし、他人に知られることもあまりないんだ」
なるほど。
「そして、その入れ替わる時間というのが‥‥午後8時」
「8時。…………!!」
俺の中であることが繋がった。
「ということは、茜さんが部活をせずに早く帰っていて、それが学校公認だと言うのは……」
一本あとのバスで帰ったならば、恐らく茜さんが家に着く頃には8時を過ぎてしまっているだろう。そして茜さんが部活に所属してしっかり活動に参加した場合には、今俺たちが乗っているバスには100%乗れないだろう。つまり、部活をして帰ると、帰っている途中で茜さんの人格が入れ替わってしまう‥‥!!
サボり会議のあと、迅速すぎる茜さんのお父さんの手続きだったりこれからへの期待や不安だったりに注目してしまい気づかなかったが、部活に所属しないという本来親が反対することを、親が協力して行っていること。気づくだけの要素は十分にあった。
「そうだね。空くんは知らないと思うけど、茜が言うには人格が切り替わる瞬間はプツン、って感じではなく、自分の中に別の人格が入り込んできて、それから自分の意識が薄れていく感じらしいんだ。だから、意識が飛んだりといった危険はないんだけど、やっぱり親としては怖いからね。家で人格が入れ替わるように、部活には所属しないようにしたんだ」
「そうだったんですね……」
「そして、夜の間の人格から昼間の人格に戻るのは午前2時30分頃だから、基本的に空くんは1つの茜の人格としか会わないだろうね」
「そうですね…………」
茜さんを構成する、大切なもう1人の人格に会えないということを思うと、切なさで胸が痛かった。
「ということは、茜さんの多重人格は人格が大量にあって規則性もなくそれらが現れるタイプのものではなく、人格が2人居て規則に従って人格が移り変わるタイプのものだということですよね?」
「あぁ……うん、そうだね」
「じゃあ、症状を完全に把握してコントロールもできているんですか?」
「あー…………まあまあ、そんな感じだね」
「なるほど」
以前テレビで見た多重人格の人よりも日常生活の中で困難が生じることはなさそうではあるが、それでも自分には想像もつかないような苦労があるのだろう。
「ちなみに、茜さんの夜の間の人格はどのような性格なんですか?」
「うーん、夜の間の茜の人格はちょっと頑固で素直じゃない部分が目立つけれども、基本的には昼の茜みたいにノリはいいんだ。ただ、そのノリの良さは心を開いた相手にしか見せないんだよね。私も最初は非常に苦労したよ」
それを聞いて、大きな疑問が生じた。
「……苦労した、ってことは赤ちゃんの頃に世話をしてくれた人に対してもなかなか心を開いてくれなかったんですか???」
普通であれば、赤ちゃんの自分の世話をしてくれる相手には、物心がついた頃には心を開いているように思えるが、そうではないのだろうか。
「あぁ、そうか。多重人格の説明をするときにはこういうことについても説明がいるのか……。慣れていなくて申し訳ないね」
そう言うと、茜さんのお父さんは、衝撃的なことを口にした。
「茜の多重人格は、先天的なものではなく、後天的なものなんだ」
「えっっ!?」
後天的な多重人格というものがあるということを知らなかった自分にとっては、それは大きな驚きだった。
「話の腰を折ってすみませんが、後天的な多重人格というものがあるということ自体を知りませんでした。無知で申し訳ないです」
「いやいや、空くんは日常生活の中で多重人格と関わることもないだろうから、確かにそんなことは知らないよね。こちらこそ、説明が自分の知識ベースになってしまって申し訳ない」
そう言うと、茜さんのお父さんは説明を続けた。
「で、茜は3歳のときに多重人格を発症したんだ。元々の茜の人格は今昼の間に現れている方で、そのときに夜の間に現れる人格が茜の中に生まれたんだ」
「へぇ…………」
「…………聞いていいことかはわからないんですけど、1ついいですか?」
「うん、いいよ」
聞くべきか迷ったが、ここで聞いておかないといつか後悔しそうな気がして、疑問を口にする。
「茜さんの2つの人格の中で、親としては優先順位はありますか?」
「……。」
茜さんのお父さんは、ただ、黙った。答えを持っていないのか、答えの伝え方に苦慮しているのか、答えを口に出すのが苦しいのかはわからなかった。
沈黙の後、
「結論から言うと、ある」
茜さんのお父さんは、そう告げた。
「ただ、その優先順位が、それが私たち夫婦の行動の選択に影響を及ぼすということはほとんどない」
「それは、どういうことですか」
「私たちがもし茜の人格を望むように変えられるなら、私たちは昼の茜と夜の茜が融合したような、色々なことを楽しめる前向きさや辛いことに対して立ち向かえる折れない強さ、自分のことを信じられる意志の強さを持った人になってほしいと思っている。最初、茜の別人格が現れたときこそ、彼女の存在を疎んだけれど、今ではもう、別人格も含めて茜という人だと思っている。優先順位がもし行動に現れるとすれば、どちらか一方だけの人格を残さなければならないときくらいだ。私たちの意志で、夜の茜の人格を治療などでなくすということはない」
「……。」
親としての膨大な思いに触れた俺は、言葉を発せなかった。
「こんな答えでいいかな?」
「はい。ありがとうございました」
「いや、こういうことまでしっかり聞いてくれる空くんは、やっぱりしっかり茜のことを考えてくれてるね。嬉しいよ」
「時間も時間だし、そろそろ帰ろうか。あんまり遅くなると、空くんの親にも申し訳ないしね」
気がつくと、時刻は9時30分を過ぎていた。荷物を整理して席を立ち、茜さんのお父さんが支払いをするのを待って、一緒に外に出た。見上げると、綺麗に輝く夏の星が空を覆いつくしていた。
書いている途中で、自分の設定の甘さを痛感した話でした……。