第17話 刻一刻と
第17話です。
茜さんの負担にならないよう、俺たちはゆっくりゆっくり駅まで歩いた。そしてまあ、ゆっくりゆっくり歩いたということは当然ながら……
「ごめん……電車乗れなかったね」
「いや、いいですよ。電車はまだまだ余裕がありますし、茜さんの怪我がひどくならないほうが僕は嬉しいので」
2時台の電車は乗れなかったものの、まだまだ門限までは時間があった。そこで俺たちは、駅にあるベンチに座って、次の3時台の電車を待っていた。
「それに、なんだか今日は、僕もちょっと成長できた気がするので」
「ふーん、そうなんだ」
走れなくなった茜さんに対して、自ら、助けの手を差し伸べることができた。心配の声をかけるだけでなく、行動で「あなたを大切にしたい」という想いを示すことができた。今まで、色々な人に「自分を大切にしてほしい」とは言っていたものの、口先だけで変に勇気が出なくて何もしなかった俺から、少し変わることができた。……当の茜さんはなんだかどこか不満げな感じなのが気になるけど。まあ、海で遊べなかったのが大方その原因だろうからいいか。
こうして俺たちが3時台の電車を待っている間にも、雨はしだいに強くなり、風も吹きはじめていた。待っている間、茜さんはやはり不機嫌なのか、一言も話さずにどこかをぼんやりと見つめていた。「うーん、茜さんが何を考えているのか、結局今もわからない……」駅のベンチに2人で座っていて、周りには人もいない。こんなに何かが起こりそうな雰囲気でありながら、どう話しかけるかすら決められない。俺は本当に茜さんのことがわからないし、チキンなんだなぁ……。悔しさと無力感を感じざるを得ない。
そんなことを思っていたとき……
コテンっ
右から茜さんの身体が俺にもたれかかってきた。
「っっっ!?!?」
「………………すぅ……」
いや寝てるし!!さっきまであんなに気難しい顔してたのに、寝る??本当に茜さんのことはわからない。ていうか、そんなことはどうでもよくて、普通にこんなことされたら大好きになっちゃうが????これで茜さんが俺のこと好きじゃなかったら、詐欺罪で逮捕できるが??茜さんの寝顔は、俺が普段見るのよりも3歳にまで若返ったかのように無邪気で素直だった。普段は絶対に見ることのない茜さんの姿に、俺は鼓動が高鳴るのを強く感じた。
「……次の電車も、茜さんが起きてなかったら、乗らなくていいかな」
俺は、茜さんが寝ていてくれるのを強く願った。
それから、結局次の電車まで茜さんが目覚めることはなく、俺たちは次の4時ちょうどくらいの電車に乗ることになった。一応時間の面では5時台の電車でも門限までに帰れないことはないのだが、かなり急ぐ必要が出てしまうし、何より今の茜さんの足では急げないだろう。「次の電車までに茜さんを起こさないとなー」そんなことをぼんやりと思っていた俺だったが、ここでとんでもない情報が入ってきた。
「○○通り前駅をご利用の皆様へご連絡申し上げます。ただいま、県内沿岸部に暴風警報が出ております。その暴風の影響により、本日16時以降の電車をすべて、運休とさせていただきます。大変ご迷惑をおかけしまして、申し訳ありません」
「えっっ」
これは非常にマズイ。マズすぎる。このままでは門限までには帰れない。俺には事情はわからないが、茜さんの両親の様子からして、茜さんがあまり夜遅くまで外にいるのは何か確実にマズイことを引き起こすのだろう、ということは自然に理解できていた。
「ちょっと色々大変になるな……」
俺は立ち上がる前にちらっと右を見る。茜さんはさっきのアナウンスにも気づかず、未だに寝ていた。別にかわいいからいいんだけど。起こしたくないくらいだけど。
「茜さん、俺はこれから、ちょっと一回駅員さんのところ行くので起きてください」
「…………ぅん?」
起きるときの声もかわいいんだけど。
「茜さん、よく聞いてください。今、電車が風の影響で止まりました。俺はこれから駅員さんに運転再開の可能性はあるか聞いてきます。とりあえずここで待っててください」
足を怪我している茜さんの分まで、俺が動かなくては。そう気合を入れて、情報収集を始めた。
駅員さんをはじめ、色々な人に聞いてみたところ、状況のマズさが明確になってきた。まず、電車は今日中には運転再開の可能性は0であることがわかった。そして、バスはここから俺たちの街まで行くものはなく、タクシーはそもそもこのあたりは通ってくれない。……完全に帰る足を失っていた。
「…………茜さんのご両親に頼るしか……ないか…………」
信頼してもらえたために、茜さんの門限も延ばしてもらえたのに。俺は、すぐにその信頼を裏切ってしまうのか。そうするしかないと考えると、悔しくて涙が溢れそうになる。
「今やるべきことは、茜さんの親に連絡を取り、帰宅手段を用意してもらうのを、茜さんから了承してもらうことか」
優先すべきは、俺の感情ではなく茜さんである。理性で頭を切り替えると、俺は茜さんのいるベンチへと向かった。
その後、俺が茜さんに両親を呼びたいことを伝えると、茜さんは眠そうにしながら俺に了解の意を伝え、すぐに眠りに落ちた。その後、俺は茜さんの両親に連絡すると、何もすることがない時間が訪れた。その時間、俺は、ただただ自分が信用に応えられない虚しさ、悔しさに打ちひしがれた。
2時間ほど待つと、仕事を途中で切り上げて駆けつけてくれたのであろう、スーツ姿の茜さんのお父さんが車で迎えに来てくれた。
「空くん、待たせて申し訳ない。ただ、今は時間がない。とりあえず、2人とも乗って」
「はい……」
申し訳なさで、何を話せばいいのか、そもそも話をすべきなのかもわからなくなった俺は、ロボットのように無言で、機械的に茜さんを起こし、茜さんが歩くのを手伝って、車に乗り込んだ。
車の中で、何を話そうかを考えていると、またしても、結局何も言えずに茜さんの家までついてしまった。「俺はやっぱり、いつでも、何においても、肝心なときに勇気を出せない。今日も何も成長していなかった」申し訳なさと、茜さんの両親から何を言われるだろうという少しの恐怖を抱えながら車から降りると、時間は7時45分と、かなり遅い時間になっていた。「もう遅いから、連絡用のアプリで茜さんの両親には事情を説明することにして、もう帰ってもよいのではないか」そんな情けないことを考えていると、
「空くん、少し話がしたい」
茜さんのお父さんから、声をかけられた。
そろそろ、茜さんのことが読者の方もわかって、より面白くなると思います。