第15話 かき氷
第15話です。
「お待たせー。」
そう言いながら、茜さんは片手に大きな袋をぶら下げて帰ってきた。
「すみません、わざわざ買いに行ってもらっちゃって。」
「まあ……、完璧に空に問題がなかった訳じゃないけど、買いに行けない状態じゃしょうがないしね。」
「本当にすみません……。」
流石に全身びしょびしょで潮の匂いをさせながら替えの服を買いにはいけないし、ましてや全裸で行っては俺の人生が終わりを告げるのでしょうがないのだが、申し訳なさがかなり残った。
「もう12時30分も過ぎちゃいましたね……。」
ふと腕時計で時間を確認すると、もう昼食をとってもいいような時間になってしまっていた。
「もう昼食食べますか?」
「そうだね、もう食べちゃおっか。結構遠いところまで走って買ってきたから、お腹空いちゃったしねー。もうお腹ぺこぺこだなー。」
「あー、いやー、……本当にすみません。」
茜さんが地味に煽ってくるが、これは言い返せないタイプのヤツだと悟る。こういうときに気の利いた返しができればいいのだろうが、友達が多くなく、話をするときのグループでも中心になる方ではない俺がおしゃれな返しをするなんてのは、まあ無理な話だ。
「じゃあ、海の家のどこかで昼食とっちゃいましょう。」
俺たちは、海の家に向かって歩き出した。
「おいしかったー。」
昼食を食べ終え、茜さんが呟く。
「値段のわりに量もあってよかったですね。」
てきとうに店を選んで入ったが、学生価格で大幅に割引してくれる良心的な店に当たって助かった。そもそも今日はあんまりお金持ってきてなかったうえに、もう3000円を事故で溶かしてるからな。事故で。
「デザート何食べる?」
茜さんに聞かれる。
「やっぱり夏、外出先で食べるデザートといえば一択じゃないですか?」
「やっぱりそう思う?」
「せーので言いますか。」
決まってくれよ!
「「せーの!かき氷!」」
完っ璧なタイミングで決まった!芸術点100点(10点満点)! こんな些細なことで何を喜んでんだって感じだけど、こういう細かい価値観が共有できていると、長く続く関係になるんだよな、確か。……何考えてんだ俺、どういう立場なんだお前は。
「……いに行こうよー。」
「えっあっはい。」
脳内劇場の幕が茜さんによって下ろされた俺は、慌てて返事をして茜さんについて行く。
「何味頼む?」
かき氷を求める同士の列に並んでいるときに、茜さんが聞いてくる。
「ブルーハワイでお願いします。」
「ブルーハワイかー。私どうしよっかなー。」
「イチゴとかが丸いんじゃないですか?」
なんとなく茜さんはイチゴって感じがする。多分髪色に引っ張られてるだけな気もするけど。
「そーだね。イチゴにしようかな。というか空が何と言おうとも、イチゴにするつもりだったんだけど。」
「じゃあ聞かないでくださいよ……。」
俺は半分呆れて言う。
「いやさ、どれくらい私のことわかってくれてるのかなーって思ってね。」
「全くわからなかったので勘で適当に言っただけですけどね。」
そんなことを話していると、
「次の方、どうぞー。」
いつの間にか俺たちの番になっていた。
「ブルーハワイとイチゴで。」
茜さんが2人分を注文してくれ、あっという間に2人分のかき氷が完成し、俺たちの手に渡った。
「あの辺りとか座れそうじゃないですか?」
「そうだね。あそこでゆっくり食べよっか!」
席を見つけた俺たちは、そこでかき氷を楽しむことにした。
「何か嬉しそうじゃないですか?かき氷そんなに美味しいですか?」
食べている途中、茜さんがずっとニコニコしているのに疑問をもった俺は、茜さんに問いかける。まあ、正確には茜さんがずっとニコニコしながらこっちを見つめてくると何だか心がざわつくからなのだが。
「いやー、ちょっとね。」
茜さんは少しもったいぶるように言う。
「さっきのさ、空のさ、あれだよ、あれ。」
「『あれ』?」
「さっき空が『イチゴとかがいいんじゃないのー』みたいなことを言ってくれたじゃん。あれがなんだか、この数か月で空と一気に親しくなれたんだなー、ってのを実感させてさ。しかも、そのセリフが適当にやっても出てくるんだから、何だか私のことが少しずつわかってもらえているんだと思うとやっぱり嬉しくって。」
「……。」
茜さんがそんな風に思っていたことには、正直俺は気づけていなかった。
少しずつ、ほんのちょっとだけではあるけれど、毎日を過ごす中で茜さんを理解してきたと俺は思っていた。
でも、俺は「茜さん」という人物が「茜さん」である軸となる心情を、理解出来ていなかった。
俺は茜さんの本質を、自信を持って理解出来ているとはまだ言えなかった……。
そのため、その言葉は俺によくも悪くも響いた。どう反応すべきか迷った俺は、少し言葉に詰まる。実際に流れた時間は、もしかしたら5秒にも満たないのかもしれないが、1分以上の時間が過ぎたように思えた。
どう反応するか、結論が出た俺は言う。
「その話で嬉しがっているところに本当に申し訳ないですけれど、俺、…………まだ茜さんのことを理解出来てないとしか、思えません……。」
『正直に思ったことを言う』、それが俺の出した結論で、発言だった。
「なるほどね。」
茜さんはいつもと変わらないトーンの返事をする。けれど、俺は怖くて茜さんの表情を覗けない。そんな俺に、茜さんは続けた。
「正直な暴露、ありがとう。」
「え?」
俺は思わず顔を上げる。空気も壊して、絶対に悪い空気にしてしまったのに?
「ここで正直に言ってくれるのも含めての、空だからね。私からすれば。」
俺は思わずはっとした。『俺が茜さんの本質に近付いていくとき、茜さんもまた俺の本質に近付いている。』そのことに気づいたのだ。
「空は『ここぞっ』っていうときにしっかり決めてくれる人だからね。さっきみたいに色々言ってくれると信じてたよ。それだけ、私との関係も大切にしてくれてるってことが、私は嬉しい。」
こんな俺でも、理解してもらえる、信じてもらえる……。
「俺のこと、こんなに深く知ってくれてありがとうございます。嬉しいです。」
「いやいや!こっちが感謝される展開になっちゃったよ。」
茜さんがツッコミの口調で言う。
「……空が私の本質に気づけてないってのもしょうがない話のような気はするんだけどね。」
一呼吸おいて茜さんは続ける。
「私が私であることを定める、大きな要素の一つを、私は空にまだ伝えられていない。……でもね、私はいつかきっと、伝えられる日が来るって信じてるから。もう少しだけ、待っててほしいな。」
俺は静かに、深く頷いた。2人が繋がっているような、そんな感覚がする時間が流れた。
「まあ、簡単に言えばまだ私の本質を理解できていなくとも、問題はないから心配しないでねってこと。かき氷かなり溶けちゃってるし、急いで食べよ!」
茜さんの明るい一言。
「そうですね。」
と俺は返し、俺たちは再びかき氷を食べ始めた。こんなに冷たいかき氷を食べているのに、俺の心は温かい気持ちでいっぱいだった。
前書きの書き方も忘れている自分に驚きが隠せない。