第10話 サイクリング中の雑談
第10話です。
5月2週目の土曜日、俺は近所の公園で茜さんを待っていた。時刻は9時27分。もう少しで集合時刻だ。茜さんが調べたところ、今日行くところまでは往復4時間かかるとのことで、午前中に出発しないとゆっくりと楽しめないとのことだったので、今こうして俺は茜さんを待っているのだった。
「そういえば茜さんと待ち合わせするのは今回が初めてだけど、ちゃんと時間守るのかなぁ。」
真面目なときの茜さんであれば絶対に遅れないだろうが、普段の茜さんだとどうかなー、と俺は考える。……遅れてくる予感がする。普段の放課後のあの人の適当さを見ている俺が導き出した答えはこうだった。しかし、
「いやー、時間ギリギリだー。ごめーん。途中信号全部引っかかっちゃってさー。」
茜さんはなんと9時29分に着いたのだった。
「絶対遅れてくると思ってましたよ。」
俺は驚きを隠せず、ついそう言うと、
「私は時間は結構しっかりしてんの。」
と茜さんは言うのだった。その言葉に、意外としっかりしてたんだと見直す。
「今まで、何回かやらかしてるからねー。」
……失敗からの学びかよ!まあ、失敗から学べるのは素晴らしいことだけど。
「そのやらかしがとんでもなく大きいから、嫌でも時間はしっかりするようになったって感じ。」
……とんでもなく大きい失敗してんのかよ! 茜さんの発言で俺の彼女への評価はふりこみたいに揺れた。3往復くらいした。
「まあそんなやらかしのおかげで、一応今は10分くらい前に着くようにはしてるんだけど……。今日は時間ギリギリでごめんね。」
遅れて謝るのではなく遅れそうになったことで謝る茜さんを見て、結局俺の心のふりこは高評価で止まるのだった。
「茜さん、これどこまで行くんですか?」
「後20分くらいで着くよー。」
俺たち2人は、あの後すぐに公園を出発した。俺はどこに行くかを知らないので、茜さんについて行くしかないわけだが、茜さんは途中で街の中心となる大きな道から外れたかと思うと、なんと山に続く道に入っていったのだった。傾斜はそこまで急ではなく道も舗装されていたため走りにくくはなかったが、普通に1時間以上自転車のペダルを漕ぎ続けるのは辛い。
「にしても、なかなか緑が綺麗ですね。生命の輝きを感じるっていうか、今この季節、時期の一瞬を生きてるって色してますよね。」
俺は、山道を上っていてずっと思っていたことを口に出した。
「そうねー、美しいけれど、同時に、戻らないこの一瞬の儚さも表現しているような気がして私は凄く好き。……こういう植物の一瞬の姿を見ると、時間は大切にしないとな、って思うんだよね。色々と大切なことに気づかなかったり、体験できなかったりして流れてしまった時間って、虚しいからね。まあ、なかなかそれを理解するのも難しいんだけども。」
「なんか今の言葉って、若干俺のロングスリーパーを煽ってます?」
「あ、いや、ごめん。そういう意図は全くなかったんだけど……。私、睡眠はその気づきだったり、体験だったりを整理して、新しく自分を成長させるための大切な時間だと思ってるし……。」
茜さんが、睡眠を大切なことだと思ってくれていることに、俺は大きな安心感を抱いた。
「なかなか同級生だと、睡眠=怠けとか時間の無駄って思ってる勉強廃人が居たり、俺勉強頑張ってるアピールで寝てない自慢してくるやつが居たりして、ロングスリーパーの俺に人権がなくなるような会話をしだすやつがたまーに居たんですよね。茜さんがそうじゃないってのは、本当に嬉しいですよ。」
「『居た』という過去形なのは?」
茜さんが聞いてくる。
「いやー、あまりにも睡眠が軽く見られているのにムカついちゃって、ロングスリーパーということをみんなに開示して、睡眠の大切さを語ったんですよ。そしたら睡眠を軽視してる相手も反論してきたんですけど、上手い具合に言いくるめられたんです。そして、それを見てた周りのみんなも睡眠の大切さを知ってくれたみたいで、最近は睡眠関係の話題で困ることがなくなって、結構快適です。」
俺が笑顔でそう言うと、
「へぇー、クラスみんなを賛同させるだけじゃなく、自分の短所とも言えるような身体の特徴を、堂々と言えるなんてね。凄いじゃん、空。」
茜さんはしみじみと言った。
「まあ前も言いましたけど、自分は大切にしないといけないですし、その自分のロングスリーパーとかの身体の特徴ってのは、場合によって短所とも長所とも言えますからね。だから、俺はできる限り身体能力とかで人を評価しきらないようにしてます。」
さらに俺は、自分の考えを続ける。
「あと、身体でも判断したくないんですけど、心、要するに性格でも判断したくないんですよね。これも場合によって適正がある性格ってありますし、性格は俺からは全てが見えきらないこともあって複雑ですしね。」
「なるほど。」
茜さんはずっと黙っていたが、話は聞いてくれていたようだ。それに安心して俺は、更に続ける。
「そして、これらの考えをまとめて、俺は、『身体と心のタイミングさえしっかり合えば、誰とでも仲良くなれるし誰でも活躍できる』、そう信じているんです。」
カッコイイセリフ、決まったな。
「………………もう着くよー。」
決まってなかった!さっきまで聞いてくれていたはずの茜さんは、どうやら話の最後の決める部分だけ聞いていなかったようだった……。
そんな風に話の決めに何も反応がなかったりはしたが、無事に俺たちは茜さんが行きたかった場所に着いたようだった。そして、話に集中していた俺が自転車を止めて周囲を見渡すと、俺は言葉を失った。……なんと俺の周囲は、虹かというほどに様々な色合いの鮮やかな花で彩られていたからである。