誘導尋問をされているような気がする
「人払いして話さなければならないことですか?」
薄く開いた状態にしてあるドアを一瞥してから、アウレウスは私に顔を向けた。
「うん……」
話す態勢を整えたものの、どう切り出していいかよく判らない。
「先ほどの流れからして、夜会のことなんでしょうが……どうされたんですか?」
言葉を濁していた私に、アウレウスは気遣うように声をかけてくれる。
「ごめん」
口からついて出た言葉に、自分で驚いて口を押さえる。何に対しての謝罪を、何の赦しを求めて言ったんだろう。
アウレウスは怪訝そうな顔をしたが、すぐに気をとりなおしたのか、薄く微笑んで見せた。
「その謝罪の言葉を受け入れるかどうかは、まず話を伺わないといけませんね」
言ってアウレウスは私の言葉を待ってくれる。アウレウスは、過剰なスキンシップで私をからかって反応を楽しんだりすることはあるけれど、私の言葉を待ってくれる。そして、私が本気で嫌だと言えば、本気でお願いすれば、それを叶えてくれる。ルーナ先生がモンスター化しそうだった時だってそうだった。
補佐としての判断なら、あの時『聖女』をルーナ先生から引き離すのが最善だったはず。なのに、アウレウスは私の意思を優先させてくれた。アウレウスにだって、身の危険があったのに。
そんな人を私は今、裏切ろうとしてるんだ。
「こんなに、時間を割いてもらって申し訳ないんだけど……夜会のエスコートは、やっぱりなしにして欲しい」
「……何故です?」
「アウレウスと、そういう仲に見られるのは、困る」
言いながら、胸の奥が痛むのを感じる。自分で言い出したくせに胸が痛むなんて、なんて身勝手なんだろう。
「それこそ今更なのでは? 貴女はいつも口では否定なさるが、私の手をあからさまに拒んだことがほとんどない。周囲にはクレア様にもその気があるのだと既に思われていますよ。現に近ごろは求婚がほとんどないでしょうに。夜会のエスコートを拒んだところで状況は変わりませんよ」
駄々をこねる子供を諭すように、アウレウスは静かに言い聞かせる。
確かに、夜会のイベントそのものを回避したからって周囲の目はあまり変わらないと思う。でも、ゲームの強制力で、夜会でエスコートを受ければ、アウレウスと確実に結ばれてしまうという確信がある。それはきっと、アウレウスが本来心から好きになれる人との出会いを、潰してしまう。今アウレウスが私のことを好きだと言ってくれているのは、ゲームの強制力のせいなんだから、自由にしてあげないといけないと、私は思う。だから。
「それでも、エスコートはやめて欲しい」
私がそう言うと、アウレウスは顔から笑みを消した。
「では、他の誰にエスコートを頼むというのです」
「誰にも頼まない。エスコートなしで参加する人も多いって言ってたでしょ? 私もそうする」
「それに一体何の意味があるのです?」
私を見つめるアウレウスの目が、いつになく厳しい。
「それは……」
「私との恋愛フラグを折ろうとでもいうんですか?」
言い淀んで目を逸らした私に呆れたように、アウレウスが言う。驚いてアウレウスの顔を見ると、溜め息を吐いてアウレウスは首を振った。
「馬鹿馬鹿しい」
「ばかばかしいって……大事なことだよ!」
私が声を荒げると、アウレウスは鼻で笑った。
「そんなに私のことが嫌いですか?」
「嫌いとか、そういうのじゃなくて」
「なら何故拒むのです」
そんなことを言われても、困る。アウレウスは真剣な目で私を見ている。私がエスコートの拒否を撤回するのを待っているんだろうと思う。けれど、その気持ちは、アウレウスの心からの願いじゃなくて、ゲームで捻じ曲げられたものなんだから。
「……私は、普通の恋がしたいから」
この言い分は、今のアウレウスには酷い言葉なのは判っている。けれどきっと、私との恋愛フラグが折れれば、アウレウスは正気に戻って新しい本当の恋が見つかる筈だから。
「つまり、ゲームシナリオに定められた恋愛フラグが全て折れない限りは、恋愛をする気がないと?」
「……うん」
「そうですか」
落胆したように、アウレウスは小さく言う。そのまま沈黙が降りて、アウレウスは何事かを考えている風だったけれど、小さくためいきをついて頷いた。
「わかりました。では、エスコートは辞めましょう。しかし、先ほど決めたドレス。あれについては変更しないで頂けますか?」
「でも……」
「デザイナーの方と決めたあのデザインはきっとクレア様によくお似合いです」
にこりと微笑んで言うのに、それ以上強く言えない。
「判った。そうする……」
「ありがとうございます」
「ごめん……」
つい口をついて出た二度目の言葉に、アウレウスは眉間に一瞬皺を寄せたが、すぐに笑顔に戻る。
「謝る必要はありませんよ。それで? エスコートをしないだけで、恋愛フラグは折れるのですか?」
痛い所をさらりと突いてくる。そっちの条件の方が、本当は大事なのだ。
「それが……」
「あるのですね? 早く言ってください」
笑顔を貼り付けたまま、アウレウスの顔が近づいて、質問してくる。
「ルーナ先生が、アウレウスのフラグは……その、補佐を降ろせば折れるって……」
圧におされて私がそう言うと、アウレウスは「補佐を……」と呟いて、顔を離した。
「クレア様はそれを望んでいるのですか?」
「え、だって……そうしないと……フラグが……」
私のはっきりとしない言葉に、アウレウスの顔からすっと笑顔がまた消える。
「補佐を私以外の人間にしたいのか、と聞いています」
「同じじゃないの……?」
「全く違います。私が嫌いで、補佐を外したいのですか? それとも、フラグを折るために、止む無く、致し方がなく補佐を降ろしたいんですか?」
「えっ?」
「どうなんです? 私以外がいいと、そうおっしゃるのですか?」
言いながらアウレウスは顔を近づけてくる。再びの圧が凄い。
「そういう訳じゃ、ないけど……」
「ではフラグの問題がないのであれば私がいいと?」
「えっうん……?」
誘導尋問をされているような気がするけど、一応嘘ではない。
「そうですか」
言わされた感満載の返事でもアウレウスは満足したらしい。真顔だったのが笑顔になって、顔を離した。
「では、私を補佐から降ろす必要はないのではありませんか? 気に入っている補佐を降ろす必要などないでしょう?」
すっ、と私の手に自分のものを重ねてアウレウスが言うのに驚いて、私は手をぱっと引いた。
「でもそれじゃフラグが折れないじゃん」
「どうしても折らないとだめなんですか?」
さっきの話を蒸し返すのは、アウレウスが納得していないからなんだろう。
「……どうしても」
私が頷くと、アウレウスは何度目かの溜め息をついた。
「……わかりました。そこまでおっしゃるなら、補佐を降りましょう。これでフラグも折れますね。おめでとうございます」
低い声で言われて、びくりとする。見返したアウレウスの目は、全く笑っていなかった。
「話は以上ですね? では失礼します」
静かに告げると、さっきまでの勢いが驚くほどあっさりと、アウレウスは私の部屋を出て行った。
そうして、アウレウスの宣言通り、私の補佐からアウレウスは外れた。次の登校から補佐を降りたアウレウスは私の前に姿を現すことなく、学園にも来なくなった。私はこの時の会話から、アウレウスに会う事がなく、代わりの補佐役と学園に通うことになったのだった。




