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はぁれむ・ちゃんすの最後のイベント

 ゲームは終わったから、あとは平和に暮らすだけ。


 ……そんな風に思ってしまったのは仕方のないことだと思う。だって、私の知っている恋愛イベントのフラグはもう全部折れたし、テレンシアもアビゲイル、セリナも死なせることなくイベントを終わらせることができた。おまけに、アビゲイルはグランツとうまくいってるようだし、セリナとはあれ以来会っていないけれど、ルーナ先生の話によれば敬語の仮面を外して、素で接するようになってからより仲良くなれたらしい。テレンシアも学園外でバシレイオスとプライベートで会うことが多くなって喜んでいた。


 今後モンスター化するかどうかの話は、魔道具を使わなければ大丈夫だと思う。


「あのペンダントが原因だったので、二度とアビゲイルさんがあの影に取り込まれることはないでしょう」


 そうアウレウスがアビゲイルとグランツに伝えたから、不安もなくなって、近ごろのアビゲイルはますます幸せそうだ。


 婚約破棄も、闇落ちモンスター化も避けられたのだから、ゲームシナリオをクリアしたようなものだもの。私が油断したのも、無理はない話なんだよね。


 ゲームシナリオの強制力に緊張しながら過ごす生活から解き放たれて、しばらく経った頃に、突然というべきか、予定通りというべきか、そのイベントは発生した。


「ク、クレア様は、パーティーにアウレウス様と、いらっしゃる、んですよね?」


 いつも通りの食堂での昼食時、アビゲイルがそう言う。近ごろのアビゲイルは、以前に比べてかなり口ごもらなくなった。


「パーティー?」


「秋の収穫祭に合わせて、学内で夜会をする伝統があるのよ。まだ詳細の発表はされていないけれど、そろそろじゃないかしら」


 疑問符を浮かべた私に、テレンシアが食事の手を止めて説明してくれる。『収穫祭の夜会』と言われて思い出した。その夜会は、はぁれむ・ちゃんすに出てくる最後のイベントだ。夜会でのエスコート役は攻略済みの男キャラで、逆ハーレムなら3人と入場するし、誰も攻略しなければヒロインは一人でパーティーに参加するというもの。冷静に考えて、男3人侍らせて夜会に参加するのがノーマルエンドって凄い設定だよね。


 最後のイベントって言っても、イベントフラグを折った私には関係のない話だけど。


「そんなパーティーもありましたね」


 隣のアウレウスが言って私に目を向ける。アウレウスはこの学園を一度卒業しているから、行事ごとにも詳しい筈だけど、彼も忘れていたらしい。


「アビゲイルはグランツと行くんだよね? テレンシアはもちろん、バシレイオス殿下とだよね」


「ええ」


 私の確認に二人は頷く。別に私は夜会なんて参加しなくてもいいんだけど、聖女という立場上、やっぱり参加した方がいいのかな。社交界デビューは16歳からって言われてたから、まだ夜会に参加したこともないし、ちょっと面倒と言えば面倒だよね。


「その夜会って私は不参加じゃだめなのかな」


「気が進まない?」


「うーん、夜会なんて初めてだし……色んな人に話しかけられそうで、疲れそう」


「あら、聖女として正式にお披露目されたら、夜会なんて義務のようなものよ。学生しか参加しない夜会で慣れておいた方がクレア様のためになるのではなくて?」


 ふふ、と笑いながら言うテレンシアに、うっと言葉が詰まる。確かに、面倒でも今のうちに慣れておいた方がいいのかも。……まあ、アウレウスが補佐として一緒に居てくれるだろうし、何とかなるかな。


「そうだね。ちゃんと参加するよ。アウレウスもいいかな?」


「もちろん、異存はありません」


 私が聞くと、アウレウスはにこりと笑ってそう答えた。


「よ、良かった。一緒にパーティー行けるの、た、楽しみにしてます」


 アビゲイルも微笑んでそう言う。知り合いもいるんだし、楽しくなるといいな。


 そんな会話を経て、その日の帰りもいつものようにアウレウスに馬車で送ってもらう。馬車の中でアウレウスはどこか機嫌が良さそうだった。


「クレア様は、夜会が初めてとのことですが、夜会用のドレスはお持ちですか?」


「そういえば持ってない。そっか、仕立てなきゃいけないね」


 言われて思い出す。夜会は2か月近く先だけど、ドレスを仕立ててもらうなら、早めに注文しないといけない。収穫祭の時期は夜会が多いから、どこもドレスの注文が一杯で、ギリギリだと間に合わない可能性が高い。


 私は夜会用のドレスは一着も持ってないから、それに合わせたアクセサリーとかも用意しておかないといけない。

「よろしければ、ドレスを贈らせていただけませんか?」


「えっなんで? いいよ。お父様に買ってもらうから。アウレウスそんなお金ないでしょ?」


 びっくりして思わず言下に断る。貴族用の夜会用ドレスなんて、神官見習いが気軽にプレゼントできる値段じゃない。


 アウレウスは面食らったように目を見開いたけれど、すぐに顔を笑ませた。


「心配は要りませんよ。聖女補佐としてのお給金を頂いてますから。充分なものをお贈りできます」


「自分のために使いなよ、そのお金は……」


「ですが、一緒に夜会に参加するのです。私の装いと合わせた衣装の方が良いでしょう? 私の都合でもあるんですよ」


 プレゼントを受け取るのに気兼ねしないようにアウレウスは言ってくれてるんだろうけど……。


「じゃあ、ドレスを選ぶときに一緒に来てくれたらいいよ。それならいいでしょう?」


 私の言葉に、アウレウスは溜め息をついて正面の席から隣に移動してきた。何かを言い聞かせたい時に、アウレウスは最近よく私の隣に移動してくる。


「少しはそれらしいことをしたいのですよ。だめですか?」


 私の手を取って、アウレウスは囁くように言う。伏せぎみの瞼から覗く青い瞳がじっと私を見ていて、落ち着かない気持ちになってしまう。


「それらしい、ってどういう……」


「せっかくエスコート役に選んで頂いたのです。パートナーらしくふるまわせてください」


「えっ?」


 ちゅ、と音を立ててアウレウスが手の甲に口づけたけれど、そんなことよりも私は台詞の内容の方に驚いた。


「待って、私、アウレウスにエスコートなんて頼んでないよ?」


「今日、食堂で誘ってくださったでしょう?」


 私の手を、自分の頬に添えさせてアウレウスは幸せそうに微笑む。その手をぱっと外して取り戻して、私は顔を引きつらせる。


「あ、あれは『補佐として」一緒に参加してって意味で……勘違いさせたなら悪かったけど、エスコートじゃなくて」


「同じですよ。一緒に入場するのであれば、私がエスコートすることになります」


 アウレウスは笑みを深くして、そう言う。まさか、食堂でわざわざエスコートの確認をしなかったのは、テレンシアとアビゲイルに聞かせて、私の言質を取るため?


「ですから、私にドレスを贈らせてくださいね。ああ、デザインがお気に召さないといけませんから、下見は一緒にしましょう」


 にこにこと笑いながらそう言い、アウレウスは再び私の手を取ってその甲に口づけた。


「ね?」


 細めた目が私を射抜くように見つめるので、ヒッと息を飲んだ。


 そうして、ここに至ってようやく私は思い出す。ルーナ先生が、アウレウスはファンディスクの攻略対象だと言っていたのを。

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