そこはつっこまないで欲しかった
帰りの馬車の中、すっかり日の落ちてしまった外をぼんやりと眺める。何となく疲れているのは、イベントを無事に乗り越えただけじゃなく、数日ぶりに学園に登校したことも影響してるんだろうな。
「お疲れのようですが、明日は大丈夫そうですか?」
気持ちを見透かしたみたいに、アウレウスが聞いてくる。私は目線を窓から外して、アウレウスの方を見た。アウレウスは気づかわしげな表情が浮かんでいたけど、私はあえて微笑む。
「うん。今夜しっかり休めば大丈夫。皆で話すだけだしね」
「それなら良いのですが」
言いながら、アウレウスは私の方をじっと何かを訴えかけるように見つめてくる。目線を馬車の外に戻そうにも、どうにもしつこい視線が気になってしまう。
「……どうかした?」
聞いてはいけないような気がしたけれど、私は心の中でだけ溜め息を吐いて問いかける。
「今日は収穫が多くてよろしかったですね」
「ああ、うん。そうだね。ルーナ先生が転生者だって判ったし、私よりもゲームに詳しそうだから助かるね」
「ええ。ファンディスクというゲームの内容にも詳しいようで喜ばしい限りです」
「え、あ、うん」
どう反応するのが正解か判らず、私の目は泳いでしまう。それをアウレウスは、ふ、と笑って見せる。
「ファンディスクでは、私がメインの攻略対象なんだとか。攻略対象というのは、クレア様とお付き合いできるということでしょう?」
うっと言葉に詰まった私を、アウレウスはますます楽しそうに口を笑ませる。
「ファンディスクには死ぬ悪役令嬢はおらず、逆ハーレムにもなりえない。つまるところ、私との結婚であれば、ゲームのシナリオに逆らうことなく、クレア様の望むハッピーエンドに向かうことができるのでは?」
答えない私に、アウレウスは畳みかけてくる。ファンディスクのことはつっこまないでいて欲しかった! 正直なところ、ルーナ先生に聞いたファンディスクの内容なら、アウレウスの言う通り、アウレウスルートに乗ってしまえば、残るセリナさんも闇落ちモンスター化を回避できるのかもしれない。けれど。
「……私の気持ちを無視してるじゃん」
自分で思っているよりも低くなってしまったトーンに、私は焦る。まるでアウレウスのことをとても意識してるみたいじゃん。いつもみたいに、軽いノリでツッコミを入れれば良かった。
アウレウスは私の言葉をいつも通りと受け取ったのか、笑みを崩さない。
「貴女の気持ちを無視しているんだとしたら、私自身の気持ちに気付いた時点で既成事実を作っていますよ」
さらりと恐ろしいことを言うな。
「ですが、それでは貴女の心は手に入りませんので。だからこそ私は『結婚してください』と乞うているのです」
思えば、アウレウスはずっとこんな調子だ。最初の頃こそ恋愛感情ではないと言っていたけど、私との結婚を目指しているという点は変わらないように思う。
まるで、ゲームで定められた台詞をずっとなぞってるみたい。
「……アウレウスはそれでいいかもしれないけど、私、攻略対象と付き合う気はないって言ったよね」
「今朝も申し上げましたが、私が攻略対象だという理由でクレア様が拒否しても、私は諦めませんよ」
私の拒絶にも関わらず、アウレウスは意に介さない。ファンディスクのアウレウスルートの流れなんて知らないけど、こんなにアウレウスはしつこいものなんだろうか。バシレイオスなんて、フラグがすぐに折れて今はただのクラスメイトなのに。
「何でそんなにこだわるの?」
「愚問ですね。貴女が好きだからです」
ストレートに言われると、顔が赤くなりそうになる。勘違いしちゃだめなんだ。アウレウスの、本心じゃないかもしれないのに。
「それにクレア様は、私のことを嫌いという訳ではないのでしょう?」
「私はアウレウスのこと……」
好きか嫌いかで言えば、勿論好きに決まってる。毎日送迎してくれて、いつだって私を優先して動いてくれているアウレウスのことを、嫌いになんてなれる訳がない。でも、それは愛とか恋とか以前の問題だ。
「言えないのなら今は応えられなくても大丈夫ですよ。貴女が他の男性に目を向けないのであれば、私はゆっくりと貴女を落としますから」
言い淀んだ私の答えが判っているとでも言うかのように、アウレウスは余裕たっぷりにそう言う。今は私が何を答えてもアウレウスは引き下がらないんだろう。だから私は苦笑いをアウレウスに返して、そのまま黙り込んだ。それをアウレウスも受け入れて、黙ってくれる。
気まずいまま、馬車は自宅に到着し、アウレウスは当然のように馬車から降りる私をエスコートしてくれた。
「では、明日、お迎えにあがります」
「……うん」
「おやすみなさい」
エスコートの手を離す前に、アウレウスは私の手に口づけてから、馬車に戻っていった。それを騒ぐ間もなく、私は現実に引き戻される。
「クレアお嬢様、お帰りなさいませ」
言葉は丁寧なのに、声音はとても低い。その声の主は、メイドのリーンだった。
すっかり暗くなり、屋敷の照明を背後にして外まで迎えに出てくれたリーンは、笑顔で怒っていた。早く帰るという約束を私は破ってしまったせいで、リーンに小言を言われてしまったのだった。