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聞いてなくてもめちゃくちゃ説明してくれる

「……マジで? 嘘じゃなく?」


 ルーナ先生の丁寧語は、いよいよ崩れてしまっている。


「クレア様? 何を……」


 そんなに大きな声じゃなかったけど、外のアウレウスにも会話が聞こえていたらしい。焦ったような声が聞こえたが、私がアウレウスに答える前に、ルーナ先生が再び口を開く。


「聖女様って転生者とか……そういうこと?」


 やっぱり、私の推測は間違ってなかった。私は深く頷いて、ルーナ先生を見返した。


 ルーナ先生がどういう立ち位置の転生者なのかは判らないけど、転生者ならこの馬鹿げた逆ハーレムのシナリオをひっくり返すのに協力してもらえるかもしれない。


「先生もなんですね?」


「そうだよ、マジかよ、僕以外で転生してる人なんて初めて会ったよ! 凄いな!」


「ルーナ先生が、クレア様と同じ転生者……」


 信じられないという調子でドアの向こうのアウレウスが言う。興味津々な目つきでこちらを見ていたルーナ先生は、一回り以上も年が離れた人には見えない。まるで少年だ。かと思えば、ハっとしたように急に顔を険しくした。

「待って、聖女様はどういうルートを目指したいの? それによっては僕、黙ってられないから」


 言われてみればこの問いはもっともだ。これまでの態度からしてないとは思うけど、私だってルーナ先生が言いよってきたら困る。


「私は逆ハーレム回避して、悪役令嬢役の子たち全員のモンスター化を回避したいです!」


「じゃあ、僕のことは狙ってたりする?」


 自意識過剰です! と言いたい所だけど、もっともだよね。逆ハーレムが嫌だからと言っても、特定のキャラだけ落とすルートもあるんだし。


「それはないです! 婚約者や相手のいる人と付き合ったりしません!」


「おっじゃあ、協力し合えるじゃん。そうだよね、ここにアウレウスくんもいるんだし、大丈夫だよね」


 胸を張って堂々と答えると、ルーナ先生はやっと表情を緩めた。そして「安心したあ」とほっと胸を撫でおろす。この人は、さっきまで丁寧語で圧をかけてた人と、本当に同一人物なんだろうか。


「聖女様は、いつ前世の記憶戻ったの?」


「私は聖属性魔力に目覚めた時です」


「へえ。じゃあ結構最近なんだね」


「はい」


 ドアの外のアウレウスを放置したまま、ルーナ先生は軽快に喋り始める。


「僕は結構早くてさ。5歳の時に前世の記憶取り戻したの。もうパニックだよね」


 懐かしいなあ、と言いながらルーナ先生は準備室の部屋の照明をつけた。薄暗かった部屋が明るくなって、ルーナ先生の表情がより朗らかに見える。


「でも『はぁれむ・ちゃんす』のラン・ルーナに転生してるって気付いた時は、嬉しかった。僕はさ、前世ではパッケージで一目惚れしたんだよ、セリナちゃんに!」


 頷いて聞いているけど、ルーナ先生は特に質問をしなくてもめちゃくちゃ喋ってくれるようだ。セリナというのは、ルーナ先生の婚約者だ。ゲームだとお金でルーナ先生との婚約をした令嬢だけど、本当のセリナ・メリクーリオさんはどんな人なんだろう?


「パッケージの立ち位置的に端役なのは判ってたし、乙女ゲームなんてやったことなかったけど、とにかくセリナちゃんが可愛かったから、端役でもいいや、って思って買ったわけ。そしたら、悪役令嬢? しかも死ぬ? はあ? ってなるよね?」


 うんうん、その気持ちはわかる。てか、セリナさんって顔出てたっけ。私が借りたゲームパッケージにはヒロインと、攻略対象キャラ3人しか描いてなくて、悪役令嬢は描かれてなかった筈。ゲーム中にも顔の詳細は出てこなかったと思うのに。パッケージ違いなのかな?


「何とかセリナちゃんが死なないルート探して、周回しまくったよね。我ながら狂ってたと思う……。でも、今は僕がラン・ルーナでしょ? 合法的に推しと結婚できるじゃん。最高! きたるべき婚約のために、シナリオに反しないように魔法の研究したり、セリナちゃんに一目惚れしてもらえるように身だしなみは整えたり色々頑張ったんだよ。いや、一目惚れしてもらえるように、ってなんなんだって感じだけど、ゲーム設定ではそうなってるじゃん? だから、顔面偏差値下げないようにさ。で、実際に会ったセリナちゃんは、本当に可愛くて可愛くて……転生して本当に良かった!」


 ぐっと拳を握って、ルーナ先生は語る。推しと結婚の意味は判らないけど、ルーナ先生は本当にセリナさんのことを好きなんだな。


「でも……」


 生き生きとセリナさんへの愛を語っていたルーナ先生が、急にしおれた顔になる。


「もしヒロインの聖女とゲーム通りに付き合うことになったら最悪じゃん。だから、頑張って感じ悪く喋ったりして、できるだけ関わらないようにしてたのに………君が今日ここに来たじゃん? もう焦る焦る。研究室の窓から、君の姿見えたから、準備室に慌てて隠れたのに、入ってきちゃうしさあ!」


 やれやれ、と苦笑するルーナ先生。準備室に閉じ込められたのは、半分くらい私のせいか……


「なんか、すみません……」


 はは、と私も苦笑いして謝るとルーナ先生は首を振った。


「君にその気がないなら、問題ないよ。でも、僕のルート来るつもりないなら、何でここに来たの? こんなとこ来なけりゃ、フラグも立ちようがなくてみんなハッピーエンドだったんじゃないの?」


「あ、それなんですが…今まで無理にゲームに逆らおうとしたら、強制力でイベントが発生してしまったので、一応フラグ折のイベントをこなそうと思ったんです」


「ふーん、そうなの?」


「はい。でもこのルーナ先生と閉じ込められるっていうシチュエーションって、初期の恋愛フラグ折れるイベントじゃなくて、後半にあるイベントですよね?」


 私が言うと、先生も頷く。


「確かに、シチュエーションは凄く似てるね。でもまあ、そこはアウレウスくんがいるからイベントとしては成立しないんじゃない? ふたりきりで思いが高ぶってキスするみたいなイベントだし」


「聞き捨てならない内容ですが、どういうことです」


 沈黙を守って会話を聞いていたアウレウスが、急に割り込んできた。


「ラン・ルーナルートでは、両想いになるイベントで、キスシーンがあるんだよ」


「キスシーン……」


 唸るようなアウレウスの声が聞こえる。


「お互い全くその気がないなら大丈夫でしょうか?」


「じゃないかな」


「強制力が働きませんか? やはり、今すぐ防護の魔法を打ち破る程の魔法を浴びせて扉を壊すべきではないでしょうか」


 急に物騒なことを言い出すアウレウスに、ルーナ先生が声を上げて笑った。


「そんなことにはならないって、心配性だね、アウレウスくんって」


 ルーナ先生は心底楽しそうだ。でも、アウレウスの言い分も確かに判らないではない。


「僕と聖女様のルートの強制力がどの程度のものか知らないけど、さっきアウレウスくんがいない間に、恋愛フラグは折ったから、問題ないと思うよ」


「そう、ですか……?」


「そうだよ、多分大丈夫、アウレウス」


 疑るようなアウレウスの声に、私は太鼓判を押す。


「クレア様が、そうおっしゃるなら……」


 しぶしぶ頷くアウレウスだったけど、とりあえずドアを魔法で無理やり破るというのはなくなったらしく安心した。


「これで、逆ハーレムの攻略対象の3人、全ての恋愛フラグが折れたので、あとは、セリナさんの闇落ちを回避できればいいんですが……モンスター化を回避する方法がわからないんです」


 私が今の問題を告げると、ルーナ先生は首を傾げた。


「それって考える必要ある?」


「このままじゃ、セリナさんがモンスター化してしまいますよ! それでもいいんですか?」


 私が焦って言うと、ますますルーナ先生は判らない、という顔をした。


「テレンシア・フォリーンは除籍されてないし、アビゲイル・シェロンは髪型変えてグランツとくっついたでしょ。なら、セリナちゃんも闇落ちなんかしないよ」


 何を判り切ったことを言ってるんだといわんばかりのルーナ先生に、私は戸惑ってしまう。先生は、きっと、強制力を体験したことがないからこんなことを言えるんだ。


「それが、アビゲイルは先日、モンスター化しそうだったんです。やっぱりゲームの強制力が……」


「はあ!?」


 私が真剣に説明すると、ルーナ先生が大声を上げた。ぎょっとして目を見開いて、ぽかんとした後に、わなわなと震え出す。


「なんでそんなことになるの? だって聖女様が進んでるのってアウレウスくんの攻略ルートでしょ?!」

「……?」


 ルーナ先生の言葉の意味が理解できなくて、今度は私がぽかんとしてしまった。ルーナ先生の言葉を何度も頭の中で反芻してみるけれど、思いがけない言葉のせいで脳みその動きが止まってしまったかのように、理解ができない。

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