アウレウスの魔力
アウレウス・ローズは女が嫌いだった。
月の光を集めたような青みがかった銀の髪に、夜明けを思わせる青の瞳。滑らかな肌は白く、ほんのりと色づいた頬、通った鼻筋や、銀のまつげをたっぷりと蓄えた目元、ふっくらとした唇は、女性かと見まごうほど整っている。背も高く、体には適度に筋肉がついており、神官服をまとった彼は、正に神の使いのような美しさだ。
神官はその身を神に捧げているため婚姻できないが、それでもアウレウスは女性に秋波を送られることはとても多かった。男を求めるいやらしい目線だけならまだましな方で、気分が悪くなったと言って目の前で倒れこみ、あわよくば寝台に連れ込もうとする女に遭遇したのは、一度や二度ではない。
それでも神官見習いとして教会にいるから、市井で暮らすよりかは外部の女性との関わりが少ないのだろう。たまに教会の外を歩けば、女から言い寄られることは多く、うんざりしていた。だからこそ、アウレウスは女が嫌いだった。
そもそもアウレウス・ローズという男が、そのように女にもてるのは、容姿以外にももう一つの要因がある。それは、呪いのようなギフトだった。
この世界の人間は、15歳程度で魔力を発現させるが、その属性は通常1種類である。しかし稀に、どの属性にも当てはまらない魔力を、通常の魔力と一緒に備えて生まれる者がいる。アウレウスの場合、それは魅了の魔力だった。
水や火などの通常属性外の魔力は、一生目覚めないこともあるし、15歳よりも前に発現させることもある。アウレウスがその魅了の魔力を発現させたのは、わずかに7歳の頃のことだった。
アウレウスは元々、伯爵家の次男だった。魅了の魔力が発現したとき、側使えのメイドが、彼に欲情したのである。メイドは15歳の少女だったが、相手はたったの7歳の幼子だ。止めに入った他のメイドが、アウレウスを目にした途端に、一緒になって彼に襲い掛かった。これが尋常でないことは明らかだった。
すぐさまに教会で魔力の検査を行い、魅了の魔力を持っていると判断されたアウレウスは、ただちに教会に預けられたのである。幸いにして、その頃の魅了の魔力は男に対してはそう効き目が強くなかったので、男女が別れて生活をする教会では、不都合は起こりにくかった。そうして、教会の神官の指導の元、自身の魔力を必死に操る術を覚え、アウレウスは誰彼構わず魅了しないようになれたのは、それから5年後の12歳の頃のことだ。
その頃にはすっかり、女嫌いになっていたのである。女など、少し微笑みかけてやれば、制御の檻からほんのわずかに漏らした魅了の魔力で、すぐに虜になる。それは決してアウレウスへの好意ではなく、魔力への服従だ。浅ましい女たちを利用することはあれど、アウレウスは『女』という生き物に対して、心を開くことはなかった。
魔力を制御できるようになったからと言って、アウレウスは伯爵家に戻るつもりはなかった。魅了の魔力などという厄介なものが発現した途端に捨てるように教会に預けた両親に未練はないし、魔力が自在に操れるようになったと知れたら、家に戻れば政治道具として利用されるだけだったろう。そんなことはごめんこうむりたかった。逆に、魅了の魔力を利用して伯爵家内で地位を得ることも可能だったろうが、そもそも伯爵家の人間と関わり合いになりたくなかった。
だからこそ、アウレウスは伯爵家子息の地位を捨て、そのまま神官見習いとなったのである。
聖女の補佐候補に志願したのは、補佐という立場になれば、自分を脅かすものはないだろうと思ったからだ。聖女の愛人になれば、他の女が図々しくも聖女の男に手を出してくることもないだろうと思ってのことだ。どうせ聖女も女なのだから、少し魅了してやればすぐに虜になる。
聖女の補佐になれるよう、下調べはきっちりしたし、将来の聖女の愛人の座はもはやアウレウスにとって、確定した運命のようなものだった。
だからこそ、初めて会った聖女が、自分の顔を見て、驚いたような顔をしたり、考え込むような顔をしていたのが、少し意外だった。魅了の魔力を少し漂わせていたが、それにクレアが当てられた顔ではなかったからだ。
しかし、彼女に微笑みかけ、呼び捨てを懇願し、クレアを抱き上げた時には、そんな意外な気持ちなどすぐに忘れた。クレアは他の女同様に、顔を赤らめ、恥じらっていたのだから。
当然、魅了の魔力が効いて、聖女であるクレア・バートンも、アウレウスの手のうちに落ちたのだと、アウレウスは思っていた。
その考えがひっくり返されたのは、彼女に苦笑しながら言われた言葉のせいだ。
「申し訳ないんだけど、私が聖女だからって媚びなくて大丈夫だよ。補佐は愛妾って訳じゃないでしょ」
直前に顔を近づけていたから、クレアの顔はやや赤い。しかし、アウレウスの顔をしっかり見つめてそう言ったのだ。
媚びている。クレアを虜にするために媚びていることがバレていた。いやそこは問題ではない。赤らめてはいるものの、アウレウスを見つめるその目は、魅了の魔力が効いていない、正気の目だった。
「これはこれは……聖女様からそんなお言葉が出るとは」
思わず、本音がこぼれていた。
聖女というものに触れたことがなかったから知らなかったが、そこで初めて聖女に魅了の魔力が通じないのかもしれないと、アウレウスはようやく思い至る。
アウレウスの魔力は身体の成長と共に増大して、今では男女問わず利かせることができる。このため、普段は魅了の魔力をぴったりと閉じて生活しているが、常に気を張っていることはできない。少しずつ漏れ出た魅了の魔力によって、長らく共に行動する人は少しずつアウレウスのことを好きになってしまう。初めは対等でも、知らぬうちに歪みが出るのだ。
しかし、クレアは魅了の魔力を意図的に浴びせても、歪まない。いわば、アウレウスにとって世界で唯一の対等な人間なのだ。
クレアは、魅了なんかでは絶対に手に入らない。
そう気付いた瞬間に、アウレウスはくすくすと笑っていた。
「おっしゃる通り、愛妾になれれば今後が楽かと思いましたが、お望みならばそれは止めておきましょう」
顔を近づけて、アウレウスは魅了の魔力をたっぷりと込めた言葉をクレアに囁く。常人ならばこの瞬間に欲情してくるのだが、クレアはぎょっとした顔をして少し顔を赤らめただけで、精神はびくともしない。それがアウレウスには愉快だった。
「補佐としてしっかりお仕えしますので、今後とも、よろしくお願いしますね」
微笑んでそうアウレウスが言えば、クレアはムっとした顔をした。魅了の魔力を浴びてなお、そんな顔を向けてくる存在は今までありえなかった。
アウレウスが、補佐の生活も楽しくなりそうだと思ったのはその時である。それからアウレウスは、ただの補佐というには行き過ぎた態度で、クレアの側に侍った。自分の魔力に影響されない人間を観察するのは、楽しかったのもあるし、クレアの行動がいちいち予想外で面白かったのもある。




