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盗み聞きするつもりはないんですが

 次に意識が戻ったのは、誰かの話し声だった。うっすらと戻り始めた意識に、男の人の声が聞こえるが、頭が重たくて瞼が開かない。


「アビー、本当にもう大丈夫なのか?」


「だ、大丈夫よ、あり、がとう」


 どうやらアビゲイルとグランツが二人で話しているらしい。


「本当に? さっきみたいにまた変な黒いのが出てきたりしないか?」


「た、たぶん……」


 グランツの心配そうな声に、アビゲイルの声が答えている。心配だよね、判る。これでモンスター化の強制力は消えた、と思いたいな。


「……あんまり、心配させるなよ」


「グランツ?」


 溜め息が聞こえたかと思えば、グランツの弱々しい声が響く。まだ頭がぼんやりとするけど、うっすらと目を開けると、天井が見える。静かに横を見ると、背を向けたグランツとベッドに横たわったアビゲイルが見える。多分私もベッドに寝かされてるんだろう。来たことないからちゃんとは判らないけど、ここは保健室かな? アウレウスがいないような気がするけど身体にあんまり力が入らないから、部屋を見渡せない。また目を閉じて私は軽く息を吐いた。


「お前が死ぬかと思った……」


「ごごごめん……」


「お前が悪い訳じゃないだろ? けど、これで判った」


 ギッとベッドのきしむような音が聞こえた。


「アビーがいなくなると思ったら耐えられなかった。やっぱりお前が好きだ」


「ああ、あの、手、手をに、にぎ……えっす、すき?」


 アビゲイルの戸惑いの声で急に意識がはっきりとする。あ、これ私が聞いてたらだめなやつだ。二人の会話を盗み聞きするつもりはないんだけど、会話さえぎるのはもっとだめだよね。そもそも身体起こす元気ないんだけどね!?


「ずっと俺のそばにいてくれよ。俺と、結婚してくれ」


「ど、どうして……」


「……プロポーズ何度も断られてたから諦めようと思って他の子とつきあおうともしてみたけど、他の女と結婚するなんて俺には無理だよ。なあ、どうしても俺と結婚するのは嫌か?」


 グランツが懇願するのに、アビゲイルは戸惑った様子だ。


「わ、私嫌だなんて、い、言ってない……」


「じゃあ何で今までプロポーズ断ってたんだ? 俺はてっきり……」


 驚いたように言うグランツに、アビゲイルは更に戸惑ったようだ。


「なんで、って……だって、グランツは、き、傷があるから義務で、プロポーズしてたんじゃ……」


「誰が義務だなんて言ったんだ?」


 グランツが声を荒げる。


「だ、だって……いい今までその、す、好きなんて……言わなかった……」


「は……」


 アビゲイルの言葉に気が抜けたのか、どさ、と椅子に腰かけた気配がする。


「……好きって、言ってなかったか?」


「う、うん」


「一度も……?」


「うん……」


「……そっか」


 アビゲイルの返答に、グランツは深く溜め息をついた。


「……あ、あの……グランツは……私のこと、す、好きなの?」


「今日は何度も言ったけど。うん、好きだよ。アビー、結婚して欲しいくらいに。お前はどうなんだよ?」


 また、ギッとベッドがきしむ音が聞こえる。グランツがアビゲイルの手を握ってるんだろうか。


「あああああの、そ、それは……」


「義務なのがいやで断ってたってことは、俺に心から好きで居て欲しいって思ってくれてるってことで解釈するけど。それでいい?」


 とろけるように甘い声がしたかと思えば、ちゅ、とリップ音が響く。


「て、手……手に、き、キス……グランツ……」


「俺のこと好き?」


 確信を得た色男の誘惑だ。昨日までアビゲイルに拗ねたりしていたくせに、両想いかもしれないと思った途端に全力で落としに掛かっている。


「……っ!」


「頷くだけじゃなくて、ちゃんと言って?」


「……わ、私も……ぐ、グランツのことが、す、好き……」


「良かった。じゃ、俺と結婚してくれるよね?」


「は、はい……」


 グランツの囁くような甘い声に、アビゲイルはなすすべもなく頷いたのだった。


 良かった……揉めることなく、二人が両想いになって良かった……! ちょっとグランツのアプローチのやり方が成人向けの匂いがするけど!


「お話はまとまりましたか?」


 がちゃ、と部屋のドアが開く音と共にアウレウスの声が響いた。


「あああああアウレウスさん!? き、聞いてたんですか!?」


「さあ、何のことでしょう。アビゲイルさんの迎えの馬車が到着したようですよ。グランツさんは送って行かれるんですよね?」


 しれっとアウレウスは言う。


「ああ。アビー、帰ろう」


「う、うん。ああの、クレア様は……」


 ギシっと音がして、アビゲイルがベッドから起き上がった気配がする。意識ははっきりしたけど、私はまだ身体を動かすのが億劫だ。


「ご心配なく。いつも通り、私がお送りしますから。貴女もお疲れでしょう。今日はゆっくりおやすみください。……明日、詳しいお話をうかがうことになるでしょうから」


「アビゲイルに無茶をさせるな」


 アウレウスの低い声に、グランツがピリっと苛立ったような声を上げる。


「だ、大丈夫だから」


 アビゲイルが慌ててなだめるが、グランツは納得しないらしい。


「お話を聞くだけですよ」


「その時は俺も同席する」


「そうして頂けると助かります。貴方も当事者ですからね」


 ふん、と鼻を鳴らしたが、グランツはアビゲイルに「行こう」と声をかけてそれ以上言い争わずに、部屋から出て行った。保健室のドアが締まる音が聞こえて、部屋に静寂が満ちる。


 コツコツという足音がベッドに近づいて来て、ベッドがギっと音を立てる。アウレウスがベッドに腰かけたらしい。


「……クレア様」


 さらりと前髪がかきあげられたかと思えば、その手はそのまま頬を撫でて、顎にそえらえた。え、なにこれ。


「いつまでたぬき寝入りしてらっしゃるんです?」


 アウレウスの台詞でバチっと目を開くと、息がかかりそうなほど近くに、アウレウスの顔があった。


「やぱり、起きておいででしたね」


 ふ、と笑って手を離しながらアウレウスは顔を遠ざけた。


「盗み聞きは楽しかったですか?」


「身体が動かなくて仕方なく寝てたの!」


 反論するとアウレウスは口元を笑ませる。


「聞いていたことは否定なさらない」


 楽しそうに笑ったかと思えば、不意に笑みをおさめて真面目な顔になった。


「身体が動かないということは、それだけ魔力を消費しているのでしょう。本当ならもう少しおやすみになられてから移動したほうが良いのですが……ご自宅で休まれた方がくつろげるでしょうから、今から家までお送りします」


「うん、ありがとう……う、わっ」


 お礼を言っている途中で、アウレウスがベッドの布団をとったかと思えば私を抱き上げた。


「降ろして、自分で歩くよ!」


 そう言って暴れようとしたけど、悲しいほど身体に力が入らない。


「暴れる体力もないのに、どうやって歩くんです。大人しくしてください」


「でも」


「私は少し怒っています」


 反論しようとしたところに、冷たい声が降ってきたせいで、私は口をつぐむ。目線を動かすと、アウレウスはこっちを見ていないので表情は読み取れない。


「……貴女は今、お疲れですからその理由は今は申し上げません。説教も後日しましょう。けれど、その時には貴女が言っていた『運命』についても話して頂きますから、覚えておいてください」


 ちらり、とこちらを見たアウレウスの顔は、口を綺麗に笑ませている。しかし目が笑っていない。言葉の通り、アウレウスは怒っているらしい。


「はい……」


「良いお返事です」


 満足げにふ、と息を吐いてアウレウスは言い、私を抱いたまま校舎の外に向かって歩き始めた。

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