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モンスター化するのが運命なら

「……あ、ぁ……」


 アビゲイルが何かを言おうとする度に、その口からは影が漏れ出る。まるで彼女の言葉を遮り、モンスター化を促進するみたいに。


「アビゲイル!?」


 叫んで彼女を呼ぶと、アビゲイルは震えながらこちらを向いた。目が合った瞬間に、背中から再び影が吹き出す。


「た、すけ……あ、ヴ…ァ……」


「どうなってるんだ!?」


 グランツがアビゲイルの肩を掴もうとすると、再びその手が影に阻まれた。


「触るな、殺してやる」


 アビゲイルの口から、信じられない言葉が飛び出し、その手がグランツを突き飛ばした。


「うっ!?」


 転ばされたグランツのうめき声に、アビゲイルは口を押さえて、首を振る。


「ち、ちが……あ、ぁあ」


 押さえた手の隙間から再び影が漏れると、苦しむような声がアビゲイルから漏れる。よろけてこちらを向いたアビゲイルは、泣いていた。


 どうして、こんなことになったんだろう。


 アウレウスは、運命はあると言った。確かに、ゲーム通りに私は聖属性の魔力に目覚めたし、回避しようとしたら出会いや恋愛イベントは強制的に発生した。でも、バシレイオスの恋愛フラグは折れたし、グランツの恋愛フラグだって折る前から私に気持ちは向いてなんかなかった。テレンシアは闇落ちしてない。


 アビゲイルだって闇落ち弁当も解決しそうだったし、ゲームのシナリオになんて全然沿ってなかった。グランツと両想いになりそうだったし、今、闇落ちが一瞬治まりそうだったのに。


 どうして? モンスター化するのが運命だから、アビゲイルが闇落ちするのも運命だって言いたいの?


 モンスターになる彼女を、ここで、殺すのが?


「う、うぁ、あ……」


 アビゲイルの頭に、ずるりと影の角が生えた。もう、モンスター化が始まっている。


「……そんな運命」


 声が、震える。


「許さないから!」


 叫んで手を伸ばしたその先に、光がほとばしる。魔力放出の時と同じ光。それは初めて放出をしたときとは比べものにならないくらいのまばゆさで大きな柱になって、あたり一面を覆いつくした。


「クレア様!?」


 眩しすぎて周囲を見ることはできない。私を支えたままだったアウレウスの戸惑う声がしたかと思えば、柱が少しずつ消失していく。何秒経ったか判らないけれど、光が消えた後にはアビゲイルが倒れこんでいる。


「今のは……」


 アウレウスが驚いたような声をあげているが、私はそれどころではない。


「アビゲイル、大丈夫!?」


 萎えていた足をふるいおこし、アビゲイルに走り寄る。膝をついて顔を覗き込むが、彼女はぴくりとも動かない。


「アビー!」


 グランツが助け起こしたアビゲイルの身体には、先ほどまであった影が一片もなかった。そして、先ほど生えていた角も消えている。


 さっきの光がどう作用したのかは判らないけど、これで、モンスター化は止められたの? それとも、私が殺してしまったの?


「アビゲイル、起きて! アビゲイル」


 青白い肌のアビゲイルの瞼は、固く閉ざされている。


「ぅ……」


 私が手を取ると、うめき声をあげてアビゲイルがうっすらと目を開いた。


「……! 大丈夫か?」


「あ、あの……うん、だ、大丈夫……」


 グランツに抱きかかえられていることに気付いたアビゲイルは、おどおどとそう答えた。


「……良かったあ……」


 私は思わずアビゲイルの手を額に当てて、突っ伏した。顔色は悪いままなものの、アビゲイルは生きている。死んでない。アビゲイルがモンスター化して死ぬのなんて、運命じゃなかった。


「く、クレア様!?」


「大丈夫ですか、クレア様」


 アビゲイルの慌てた声と、アウレウスの心配する声が聞こえる。アウレウスは私の肩に手を添えてくれたけど、私は顔を上げられなかった。鼻の奥が熱い。勝手に出てきた涙で濡れた顔を見られるのは、恥ずかしかった。


「さっきの光は、何事ですか!?」


 足音と共に、実技の先生の声が響く。どうしよう、騒ぎになってしまう?


「先生」


 そっと私の肩から手を離したアウレウスが立ち上がって、先生の方に歩いて行く。


「先生! すみません! 補習の後に練習に付き合ってもらってたら、やりすぎちゃって!」


 私は涙を拭って立ち上がり、アウレウスが何かを言う前に努めて明るく言う。


「ね、ゲムマさん。アビゲイルさんにも無理をさせてしまって……」


 私がそう言うのに対して、アウレウスが振り返って片眉を上げたが、すぐに笑顔を作った。


「お騒がせしてすみません。クレア様とアビゲイル・シェロンさんは魔力を使いすぎたようなので、これから保健室に行こうと思うんですが、よろしいでしょうか?」


 アウレウスが私の言葉を繋げるように言うと、先生は首を傾げた。


「そうなんですか?」


「俺もはりきりすぎちゃって、すみません」


 グランツが言うと、先生は溜め息を吐いた。


「わかりました。では保健室で充分に休息を取ってから帰ってくださいね。しかし、熱心なのはいいことですが、無茶はいけませんよ。……特別扱いは好きではありませんから、あまり言いたくないですが、あなたは聖女なんですからクレアさんが怪我や倒れた時に、周囲にどんな影響があるのかについては、きちんと考えて行動するようにしてくださいね」


「はい、すみませんでした」


 私がそう答えると、困ったような顔をしていた先生は笑った。


「それにしても、先ほどの魔力柱は見事でした。クレアさんは魔力量が豊富ですね。次の授業で、魔法を習得するのが楽しみです。では、気をつけて」


 ぱっと切り替えてウィンクすると、先生は歩いて運動場を去って行った。


「なんとか……なった、かな……?」


 ほっと一息つくと、目の前がくらりと歪んだ。


「あ、れ……?」


 身体から力が抜ける。


「クレア様!」


 アウレウスが叫んで、私に手を伸ばすのが見えたけど、その瞬間に、視界が暗転した。

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