強制力は仕事しなくてもいいんだよ?
お昼休憩になると、私はアウレウスを連れてすぐにアビゲイルのクラスに行った。彼女の教室では、クラスメイトたちがアビゲイルを遠巻きに眺めている。授業の出席取る時に、彼女がアビゲイルであることはクラスメイトにはバレているだろうけど、他の人たちは信じられないんだろうな。
私の姿を見止めると、アビゲイルはバスケットを持って、サッと立ち上がった。
「クク、クレア様、すみません、い、行きましょう」
ぱたぱたと走り寄ってきたアビゲイルに頷いて、三人で歩き始める。目的地は中庭だ。
「……ど、どうして、影から見たいんです?」
「二人の邪魔はしたくないから……それに、最初にその綺麗な姿見てもらうのは、ふたりきりがいいでしょ?」
「そそそそそんな、ああ、ああの」
「照れなくて大丈夫」
笑って話しているうちに、中庭に着いた。
「じゃ、ここで待ってるね」
そう告げると、アビゲイルはこくん、と頷いて中庭へ入って行った。私はと言えば、昨日アビゲイルたちを隠れ見て居た柱の影にアウレウスと一緒に潜んだ。
「全く、どういう意味があるんでしょうね、これに」
呆れたような声を出したアウレウスだが、彼の声は小声だし、柱にきちんと隠れていてくれる。
「ぐ、グランツ」
この距離では聞こえる筈のない、遠くのアビゲイルの声が耳に届いた。
「えっ」
「風魔法の応用ですよ。お静かに」
耳元でアウレウスが囁く。魔法ってこんな盗み聞きも出来るの? アウレウス有能過ぎない? お茶会の時にも魔法で音遮断とかしてくれてたらしいけど、神官見習いじゃなくて、スパイの間違いじゃないのかな、この魔法……。
「……アビゲイル、お前……」
一目で美少女の正体がアビゲイルだと気付いたらしい、グランツは驚いたような声をあげた。
「その髪、どうしたんだ?」
鋭く問い詰めるような口調だ。グランツはゲームの中では女たらしのチャラいキャラクターなので、厳しい声音はほとんど出さない。
「そ、その、き、綺麗にしし、してみ、みようかと、お、思って……へ、変かな……」
「……何で急に?」
質問に質問で返すグランツ。そこは綺麗だよ、って言ってあげるところでしょう!?
「く、クレア様と、テレンシア様、に……切ってもらって……そ、それで前向こうかな、って」
「……ふぅん」
明らかに不機嫌そうな声をあげて、グランツは花壇から出てきた。
「それで? 誰か男でも見つけるの?」
「え、え?」
「急にそんな髪なんか整えてさ。男の目線気にしてるってことだろ?」
「そそれは」
あなたの視線を奪いたいって言っちゃえ!
「弁当はもういらない」
「えっ」
グランツはくるりと背を向けて、中庭から歩いてこちらの方に歩いて来る。
「ま、待って」
アビゲイルが声をかけたが、グランツは立ち止まらなかった。何でアビゲイルの話を聞かないかな!?
「ちょっと待ってよ!」
私は柱の影から出て、グランツの行く手を遮った。
「……あれ、あんた、聖女様?」
グランツがこちらに目を向ける。
「何でお弁当受け取ってあげないんですか?」
「余計なお世話だよ。どいてくれるかな」
にこ、と口元だけ笑ませてグランツが言うが、私はどかない。
「女の子の厚意を無下にするものじゃないと思いますよ!」
「はは、あんたは男心を弄んでるのに?」
「何のことですか?」
眉間に皺を寄せて問い返すと、グランツはまた嘲るように笑う。
「あんた最近、告白されては断ってるだろ」
中庭に呼び出されることが多かったけど、グランツに聞かれてたのか。
「……相手をよく知りもせず、結婚のつもりもなく無責任に付き合う方がおかしいですから、お断りしてるだけです!」
言い合っていると、グランツの後ろのアビゲイルがおろおろとこちらを見ている。
「ふうん? 俺には判んない感覚だな」
「一人の女性を一途に愛する努力をしてみたらいかがですか? 私の感覚が判るようになると思いますよ」
後ろで心配そうにしているアビゲイルをね!
「じゃあ、あんたが俺に『一途な愛』って奴を教えてくれよ」
「はあ?」
叫んでしまってから既視感を覚える。さっきのグランツの台詞どっかで聞いたことあった。これ、グランツに興味を持たれるシーンだ。でもこんな流れで来るイベントじゃなかった気がするのに! ゲームのイベント発生の強制力がまた働いてるの!?
「俺、聖女様が愛してくれるなら、一途になるかもよ?」
すっ、とグランツは一歩私に近づいた。
婚約者じゃないとはいえ、結婚の予定のあるアビゲイルが見てる前で普通、他の女口説く? 頭オカシイのかな、この人。いやおかしくなきゃ、女の子とっかえひっかえしないよね!
「ありえないですね」
ため息交じりに言うと、グランツは笑った。
「つれないな。でもそういうの燃えるんだよね」
言いながらグランツは、突然私を引き寄せて顔を近づける。そして、私の頬に、唇をつけてきた。
「ぎゃっ!?」
私が叫ぶのと、身体が後ろに引っ張られて抱き留められるのは同時だった。
「不敬ですよ」
低い声がグランツに投げかけられる。どうやら私はアウレウスに後ろから抱きしめられているらしい。びっくりしすぎて、胸が跳ねた。
「うわ。補佐の人、そんなに睨まないでよ。ただの挨拶じゃん?」
両手をあげて肩をすくめながら、グランツはせせら笑う。
「じゃあ、聖女様、『一途な愛』、考えといてね」
「お断りです!」
グランツがそう言って私たちを横切るのを、私は叫んで威嚇した。しかし、グランツは気に留めていないようで、そのまま私たちから離れて行った。
「……ア、アビゲイル、なんか、ご、ごめん……」
はっとしてアビゲイルの方を見ると、彼女は呆然としていた。
アビゲイルの闇落ちフラグを折ろうとしたのに、グランツの恋愛フラグが立つなんて……フラグ折りって意外と楽じゃないな!?




