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闇落ち弁当って名前が怖いよね

 アビゲイル・シェロンの闇落ちモンスター化イベントは、手作りのお弁当をきっかけにして始まる。その名も闇落ち弁当。


 二人目の攻略対象であるグランツ・ゲムマは、昼休憩に食堂に行かないことが多く、昼ご飯を食べ損ねることが多い。それを見かねたヒロインが、手作りのお弁当を渡すのだ。


 それまでグランツは、幼馴染のアビゲイルのお弁当を受け取ることはあっても、他の女生徒からの差し入れを受け取ることはなかった。だから、グランツが他の女の子と遊んでいてもアビゲイルは安心していたのに、ある日、いつものようにお弁当を渡そうとグランツに会いに行くと、ヒロインと楽しそうにお弁当を食べるグランツを目撃してしまう。


『……お弁当、持ってきたの。た、食べるよね?』


『もう食べてるから』


『じゃ、じゃあ、明日なら……』


『悪いんだけどさ、もうお弁当はいいよ。アビゲイル、今までありがとな』


 グランツは笑ってアビゲイルにそう言う。この瞬間に、アビゲイルは嫌でも悟ってしまうのだ。グランツはアビゲイルに恋愛感情なんて一切ないことを。そして、グランツは既にヒロインしか見ていないことを。


 バスケットを差し出す形でアビゲイルは俯いて、震える。


『そん……なの……いや……いや……あ、ああああああ!』


 そうして、アビゲイルは身体を取り巻く黒い霧に包まれ、モンスター化する。ヒロインはグランツと力を合わせてモンスターになったアビゲイルを倒して結ばれるという流れだった。


 冷静に考えて、毎日のようにお弁当を持ってこさせていた彼女でもない幼馴染を全く悪びれずに振って、殺すって正気の沙汰じゃないんだけど、現実でも起こるとしたら酷すぎる。


 ここまで詳細にイベント内容を思い出せるのに、どうしてさっきはアビゲイルのことを思い出せなかったんだろう? 実際に会ったことのないキャラで、悪役令嬢は容姿もはっきりしないからなのかな。


 判らないけど、今をどうにかしないと。


「……やややっぱり、他の人に渡すつもりだったお弁当なんて、しし失礼ですよね、すすすみません」


「待って!」


 サッとお弁当を引っ込めようとしたアビゲイルの手を、慌てて留める。


「そんなことないよ! こんな美味しそうなお弁当食べられるなんて、ラッキーだよ」


「えっ」


 ぱっと顔を上げたアビゲイルは泣きそうな顔をしていた。お弁当が余ったってことは、今日はグランツにお弁当を断られたってことだもんね。二回も断られたらそりゃ悲しいよね。


「クレア様」


 見守っていたアウレウスが小さく声をあげる。知り合ったばかりの人間から食べ物を受け取るな、と言いたいんだろうな。


「大丈夫」


 こそっと小さく応えて、私はアビゲイルに笑って見せる。


「アビゲイルさん、食堂で一緒に食べてもいい?」


「……ああああありがとうございます」


「アウレウスも」


 私がアウレウスを振り返ると、小さく嘆息してアウレウスは目を伏せた。


「……かしこまりました」


「よし、決まり!」


 私はそう言って、アビゲイルの手を取って食堂に向かう。さっき手を引いてこの控室に連れてきてくれたアビゲイルと逆だ。


 食堂で席に着くと、私を真ん中にして、三人で横並びに座った。そして、私はアビゲイルが渡してくれたサンドイッチを早速手に取る。


「おおお口にあ、あうといいんですけど」


「いただきまーす!」


 一口食べて、びっくりする。本当においしい。


「おいしいよ! アビゲイルさん、ありがとう!」


 残念ながら、食レポできるほど食通じゃないので、おいしいしか言えないけれど、野菜もシャキシャキだし、間に挟まったハムもおいしい。


「よ、良かったです……!」


 私の反応を見たアビゲイルは、ほっと胸を撫でおろして、自分もお弁当を食べ始めた。アウレウスはと言えば、一人だけ先ほど取って来ていた食堂のメニューを食べている。私とアビゲイルだけ食べてるの、何か申し訳ないな。

「アウレウス、これおいしいよ! 一口食べてみて!」


 隣に座っているアウレウスの口元に差し出した。


「え」


 びっくりしたようにアウレウスが固まる。


「あ……一口なんてケチだったね、これ全部食べていいよ」


「そういうことでは……」


「うん?」


 心なしか身が引けているアウレウスに、私は首を傾げる。そこで気付いた。これ私の食べかけじゃん。


「あ、ごめん! 違う奴を」


 手を引っ込めようとした所を、アウレウスの手が掴んで留めた。驚いたように固まっていた彼の口が、ゆっくりと弧を描いて笑む。


「いえ、これがいいです」


 そう言って、アウレウスは私の手を掴んだまま、サンドイッチを一口食べた。上品な動作で咀嚼をする間、私の手はアウレウスに握られたままだ。


「……確かにおいしいですね。アビゲイル嬢、ありがとうございます」


 アウレウスは目を細めて礼を言う。何でこの人急に色気を漂わせ始めたの!?


「いいいいいいえ、と、とんでもな、な、ないです!」


 ずっとどもっているアビゲイルが、さっき以上に口ごもりながら返事をする。


 アウレウスは、私の手を再び引き寄せて、もう一口サンドイッチを食べた。


「アウレウス!」


「何でしょう?」


「食べるなら自分で持って!」


 自分でもちょっと顔が赤くなっているのが判る。すると、今度はアウレウスが首を傾げた。


「先に食べさせようとしてくださったのはクレア様なのに?」


「わ、私も自分のサンドイッチ食べるから」


 私までアビゲイルみたいにどもってしまう。


「それは残念です」


 そう言って、アウレウスは私の手を離すと、サンドイッチを受け取って食べ始めた。


「仲が良くていいなあ……」


 ぽつりと聞こえた声に驚いて振り向く。


「えっそんなことないよ!?」


「え、えええ、わわ私、声に出てましたか?」


 びくっと震えてアビゲイルが手を振る。独り言はどもらないのね。


「すす、すみません……」


 俯いて、アビゲイルの声がしぼむ。その姿に、どきりとする。


 彼女がお弁当のバスケットの前で俯いていると、どうにも闇落ちイベントを思い出してしょうがない。アビゲイルの闇落ちフラグを回避するには、どうしたらいいのかな?

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