フラグが折れたかは判らないけれど
ばっさりと言ってしまってからハっとする。
「いや! あの、人の好きな人のことをけなしてごめん! 悪いお方ではないと思うのよ! こないだだってパートナー困ってたのを手伝おうとしてくれたし! 学内でだって悪い噂なんか聞いたことないし! でもこれは私の信条的に譲れないというか! 二股男には近づきたくないっていうか……アッ」
慌てて手を振りながら弁明する。これは縁を切られても仕方のない罵詈雑言だった……うぅ。
「ごめんなさい!」
がばっと頭を下げて、テーブルに頭をこすりつける。何も言ってくれないのが、怖い。
「……ふ、ふふ」
沈黙を破ったのは、テレンシアの笑い声だった。アウレウスは笑顔を貼り付けたままの顔でプルプル震えている。
「て、テレンシア?」
「殿下のことを、そんな風にけなす方は初めてよ」
テレンシアは心底おかしそうに笑っているけど、私、不敬罪で逮捕されるんじゃなかろうか。いや、聖女だからセーフ? 判らない、怖い。
大体聖女って言ったって、いるだけで世界が守られるとか、なんなのそのフワフワ設定。今までモンスターが街に攻め込んできたこととかないし、『聖女のおかげで救われる世界』なんてピンと来ないよね。私が生まれる前に亡くなられた聖女のことを知らないから、『聖女がいる世界』のことなんか判らないし。聖属性が目覚めた時に、神官様たちがひれ伏してたから、聖女ってのは凄いのかもしれないけど、王族に無礼を働いて無事でいられるほど地位高いのかなあ……。
「……殿下は……バシレイオス様はね、とても好奇心旺盛な方なの」
私が考えている間に、ひとしきり笑い終えたテレンシアが口を開いた。脈絡ないけど、どうしたんだろう。
「真新しい興味を引くものに出会ったら、自分で興味を持ってなんでもご自身でお調べになるのよ。人でも、物でも」
んっこれはもしかして、私のこともそれの一貫ってこと!? 攻略対象だからって、即恋愛感情だと思ってたけど、まさか……これはめちゃくちゃ恥ずかしいのでは!?
「でもクレア様のことは、単なる興味以上のものがあったんだと思っていたの。貴女を見る目が今まで興味を示されたものと違うから」
「テレンシア……」
私が声をかけると、彼女は私の方を見て、ふふっと笑った。
「でもだめね。バシレイオス様が運命だと思っていても、クレア様にその気がないんだもの。一方通行な運命なんて、ないものね」
バシレイオスの顔を思い出したら、またおかしくなったのか、テレンシアは再び笑う。
「う、うん……まあ、そうね」
「その原理で行くとわたくしの恋も運命ではないのだけれど」
ヒッ! 私が頷いた途端に、テレンシアが不穏なことを言わないで欲しい! 闇落ちしないで、テレンシア!
「『運命』なんて関係ありませんわね」
にこっと笑って、テレンシアは言う。
「……うん。そう、そうだよ!」
私は力強く返事して、コクコクと頷く。それに対して、テレンシアはまた微笑んで返してくれた。
正直、この会話でテレンシアの闇落ちフラグが折れたのかどうかは判らない。けれど、少なくとも『聖女クレアとバシレイオスが運命で結ばれたふたり』だという誤解による闇落ちは発生しない、と思う。
このイベントで、テレンシアの闇落ち化がなくなればいいと、切に願う。