運命なんてただのきっかけ
バシレイオスを見送ったテレンシアは、椅子に座るとほんのりと頬を赤く染めたまま、そっと溜め息を吐いた。
「テレンシアの運命は、殿下なのね」
「……わたくしの話は、忘れて」
ふるふると首を振る動作が可愛い。
「婚約者が運命だなんて、素敵じゃない?」
「でも、殿下は……」
そう言って、テレンシアは私に目を向けると、言葉を切った。
「運命ってなんだと思う?」
私の言葉に、テレンシアは黙る。アウレウスはさっきからずっと黙ったままだ。ただ私たちの会話を見守っている。初めて会った時にはあんなに喋っていたのに、アウレウスは話しかけた時以外は静かにしていることが多い。これも補佐だからなのかな。
「私は、ただのきっかけなんだと思う」
「きっかけ?」
「うん。『運命』っていうと、もうその後の未来もずっと決まってるみたいじゃない? でも、実際は、好きになった人が居たとして、その人の隣に居続けられるのって、自分がそうあれるように努力するからじゃないのかな」
「そうかしら……」
テレンシアは物憂げだ。こういう時、自分の気持ちを隠す教育もされているだろうに、それを隠せないで居るのは、今話しているのが彼女の一番大切な部分だからだろう。
「だって、テレンシアはずっと努力してきたんでしょう?」
「わたくしが?」
「殿下の婚約者になったのは政略でも、それに見合うようにずっと淑女教育を頑張ってきたんでしょう? もし王太子に相応しくない女性だったら、今頃婚約を解消だってありえたはずよ。そうなっていないのは、テレンシアが殿下の隣に居られるように努力してきたからだと私は思う」
アウレウスをちら、と見るとなぜか頷いて来た。
「普通にしていれば、婚約解消なんてありえないもの……でも……」
「隣国の話をご存知ですか?」
沈んだ声のテレンシアに、アウレウスが割り込んだ。
「大公閣下の婚約者が、品性下劣であるとして婚約破棄されたそうですよ」
「……そういう話もありましたわね」
「政略目的の婚約だったそうですが、婚約者の令嬢の人格次第で婚約破棄もありえるということです。つまりは、婚約破棄されていないのはテレンシア嬢の努力の賜物なのだとクレア様はおっしゃりたいのでは?」
「そうそう!」
普通にしてたら、一度結ばれた婚約は解消されないのは理屈としては判る。でも、この世界は婚約破棄もあり得る。バシレイオスが今まで特にテレンシアに興味を示した様子がなかったのに、婚約破棄されていなかったのは、テレンシアの評判が良いからなんだと思う。
闇落ちモンスター化さえしなければ、彼女は将来の王妃として申し分ないんだよね!
「それでも……殿下がわたくしに、運命を感じていらっしゃらないなら……」
テレンシアは言う。確かに、『婚約破棄されていない』というだけなら、惰性で婚約を続けていただけなのだし、聖女に対して明らかにアプローチをし始めたのを目の当たりにしていたら、不安になるのは当然だと思う。
というか、恋敵みたいな感じなのに、よくテレンシアは私と仲良くしてくれるよね。やっぱり天使なのでは?
「私が運命感じてなかったら、関係ないんじゃない?」
言ってしまってから、口を押さえる。
バシレイオスもテレンシアも、バシレイオスが誰に運命を感じたのかなんて言っていない。
「……クレア様は、バシレイオス様のお気持ちに気付いていたの?」
思わず天を仰ぐ。何となく誤魔化しながらいけるかと思ってたけど、墓穴掘っちゃった。
「……ごめん」
「そう、だったの……」
テレンシアは目線を落とした。こんなの、隠してももう無駄だなあ。
「ここからの話は、誰にも言わないで欲しいんだけど、いいかな」
「ええ」
テレンシアは言下に了承してくれる。アウレウスに目を向けると微笑んだので、了承と受けとっておく。
「殿下の今の気持ちがどういうものなのかは知らない……というか知りたくもないんだけど、できれば殿下とは関わり合いになりたくないの」
私がそう言うと、二人はぽかんとする。
「……クレア様は……バシレイオス様が嫌いなの?」
恐る恐るという感じで、テレンシアが問いかけるのに、私はにっこりと笑った。
「婚約者が目の前にいるのに、他の女に男の好み聞いてくる男なんか願い下げよ」