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 リュトヴィッツ領は、辺境の小領としては豊かな土地だ。

 そのすべては、銅鉱山から上がる収益のおかげといっていい。


 領主の居城は、切り立った崖を背にして建造された石造りの砦である。

 城を起点として、扇状に小さな城下町が広がっており、町の周囲は、これまた石造りの市壁に囲まれている。


 その立派な城と市壁は、リュトヴィッツの豊かさの象徴といえた。


 だが、大きな富は、時として大きな災いを招くものである。







 ヘレナは、生まれてから14年を過ごした町へと帰ってきた。

 

 ずっと頼もしく思ってきた高さ4メルトの市壁が、今日はやっかいな障壁として、彼女の前に立ちはだかっている。

 跳ね橋は上げられていた。

 市内に入るためには、何とかして、あの橋を下げさせなければならない。


 ヘレナはひとりきりだった。

 今の彼女に供回はいない。


「そこで止まれ!」


 市壁の上から鋭い制止の声がかかる。


「ヘレナ・フォン・リュトヴィッツだな。城はアスカン家が制圧した。その場で動かないでいただこう」


 壁の胸壁の狭間から、複数のアスカンの銃兵が顔を出し、ライフル銃をこちらに向けてくる。


「抵抗するつもりはないわ。私は投降します」


 ヘレナは両手を上げた。


 壁の上の兵士たちは、互いに顔を見合わせた。


「お前ひとりか?」


 リーダー格と思しき、革鎧が幾分派手な銃兵が問いかけてくる。


「ひとりよ。護衛の騎士たちは、みんな死んたわ」


 ヘレナは低い声で言った。


 アルフレッド……。死の間際まで主筋の身を案じていた老騎士は、ヘレナにとってはもうひとりの父親のようなものだった。

 アルフレッドだけではない。あの山で殺された6人の騎士たちは、皆家族のような存在だった。


 家族を理不尽に奪ったアスカンに対する怒りが、ヘレナの中で湧き上がる。

 彼女は懸命に自らの激情を抑えつつ、無表情を取り繕った。


「俺たちの仲間はどうした。8人の銃兵が、お前らの迎えに寄越されたはずだ。それに、例の銃使いの冒険者は?」


「あの8人も、殺された。みんな、銃使いの冒険者に殺されたのよ!」


 市壁の上の銃兵たちは驚愕した。


「な、何だと!?」


「自分の銃を手に入れた途端に、彼は豹変したわ。鬼のような形相で、私の護衛を殺してから、襲いかかってきた8人のアスカン兵を皆殺しにしたの」


 ヘレナは身震いした。


「私は、彼の銃を一丁奪って逃げてきたわ。ねぇ、お願い。町に入れてよ。今にも、あいつが来るわ。このままじゃ、殺されちゃう!」


 兵士たちは顔を見合わせる。


「お前、その銃を持ってるのか?」


 ヘレナはゆっくりと後ろ腰に手を回し、ベルトに挟んでいた拳銃を抜いて、高く掲げてみせた。


 アスカン兵たちがどよめく。


 それは、彼らが知る銃の形とはかけ離れたものだった。

 銃身は極端に短く、銃床はない。全体が、墨を塗り付けたかのように真っ黒に塗装されている。

 実用性を突き詰めてデザインされた軍用拳銃である。

飾り気が一切ないからこそ、機能美ともいえる美しさを備えていた。


「よし、今から門を開ける。お前は、絶対にそこを動くなよ」


 リーダー格の銃兵が指示すると、跳ね橋が下がり始める。

 数名の兵士が、降りた橋を渡って、ゆっくりとヘレナに近づいてくる。


「動くんじゃねぇぞ。こっちはいつでもてめぇを撃ち殺せるんだからな」


 アスカン兵たちの歪んだ笑み。


 ヘレナは憎しみの感情を剥き出しにして叫んだ。


「私の騎士たちの、領民たちの痛みを思い知れ!」


 ヘレナがぱっとその場に伏せるのと同時に、銃声が連続する。

 ヘレナに近づいた4名の兵士は、糸が切れたかのようにその場に倒れた。

 市壁の上で、ヘレナに狙いをつけていた銃兵たちも、一瞬でなぎ倒される。


 ヘレナはうつ伏せの状態のまま、顔だけを上げて周囲を見回した。

 不気味な静寂が辺りを満たしている。

 ただ、自分自身の早鐘のような鼓動だけが耳にうるさかった。


「いつまで這いつくばってんだ。行くぞ」 


 その場から動けずにいると、セロが近づいてきて、優しさのかけらもない言葉をかけてきた。

 その手のカービンライフルの銃口から、硝煙が立ち上っている。

 

 セロは、後方の茂みの中に身を伏せていたのだ。


 囮役のヘレナが、セロから貸し渡された拳銃を餌に、跳ね橋を下ろさせる。その後、後方に身を隠したセロが射撃で敵の見張りを一網打尽にする……そういう作戦だった。

 事はまったく計画通りに運んだわけだが、ヘレナは何となく釈然としなかった。


「不平不満は聞かねーぞ」


 ヘレナの内心を見抜いたかのように、セロが言った。


「お前は銃も剣もロクに使えねぇ。そういうやつが、戦場で役に立ちたいなら、積極的に危険を負うしかない」


 夜の水面を写したような、底の見えない黒い瞳が、ヘレナをじっと見下ろしている。


「早く立ちな」

 

「言われなくても、立つわよ」


 ヘレナは意地を張って言った。

 優しさや思いやりなど、初めからこの男に期待していない。


 セロが手を差し出してきた。

 自力で立ち上がったヘレナは、意味が分からず首を傾げる。


「何?」


「銃を返せ」


 ヘレナはお気に入りの玩具を守る子供のように、漆黒の自動拳銃を胸の前で抱え持った。


「こ、これは、私に貸してくれたんじゃないの?」


「素人に銃は貸せん。何をやらかすか分からねーからな」


 ヘレナはしばらく抗議したが、セロは折れなかった。


「もう、分かったわよ!」


 ヘレナが膨れながら拳銃を突っ返す。

 セロは容赦なくそれを取り上げた。


「よし、行くぞ。遅れるなよ」


 セロとヘレナは橋を渡り、町の中に入った。


 セロの先導で、城を目指す。

 大通りは使わず、常に民家の影に隠れながら、姿勢を低くして慎重に進んでいく。


 城は、町の一番の高台に位置する。

 そこからは、城下町全体が見渡せてしまう。


 数百メルト単位の射程を持つ銃という武器で撃ち合う戦闘において、もっとも重要なのは、自らの位置を秘匿することだ。

 そのため、さながら台所を駆け回るネズミのごとく、物陰から物陰への素早い移動を繰り返し、敵の視界に留まらぬよう立ち回る必要がある。

 戦場の美学というものからは程遠い、とにかく合理を突き詰めたような動き方だった。


 馬蹄の音がして、ヘレナは顔を上げた。


 セロが手の合図で、身を隠すよう指示してくる。


 物陰に身を潜めながら、大通りを伺うと、5騎の騎兵が石畳の上を驀進してくるのが見えた。

 鉄鎧で身を固め、立派な立髪の馬に跨り、手綱を駆るアスカン家の騎士たち。

 雄々しく、猛々しい。まさに戦場における花形の姿である。


「一応聞いとくが、あれは、アスカンのやつらで間違いないな?」


 セロの問いに、ヘレナはただ頷いた。

 セロは身を乗り出すと、膝立ての姿勢でライフルを連射した。


 タンタンタン、と銃声が連続する。

 騎兵たちが落馬する。白銀の鎧を身に纏った屈強な体が、早駆けの勢いのまま地面に放り出され、鞠のように石畳の上を転がった。


「がっ……、う……」


 地に落ちた騎士たちに、セロが容赦のない追い討ちを加える。

 5人の騎士は、頭や心臓などの急所を撃ち抜かれ、それきり動かなくなった。


 セロはライフルの弾倉を新しいものに交換する。


 軍事力の象徴たる騎兵を、まるで虫けらを殺すかのように駆逐するセロ。

 銃という圧倒的な武器は、軍事の概念さえもねじ曲げてしまうものなのだろうか。

 騎士の時代は終わりを迎える。ヘレナは、確信にも似た予感を抱いた。


 セロとヘレナは、民家や塀の影に隠れながら、城へと近づいていく。

 

 城の最も近くに建つ民家の影から、様子を伺う。ここから城門前までは、遮蔽物がない。

 距離約50メルト。

 無策に突っ込めば、城壁に配置された銃兵からはいい的だ。


 セロは地面に手を置いた。

 その手のひらからじわりと影のようなものが染み出して、地面の上に広がっていく。

 真っ黒な影の中から、夜の泉の水面に浮かび上がるかのように、異世界の物質が顕現する。


 召喚魔法。

 ヘレナがそれを見るのは二度目だったが、やはり信じられない光景だった。


 セロが召喚したのは、いずれも異様な物体だった。

 正方形の板と、口元に円筒形のオブジェがついた全面マスク。それに、ピンがついた金属製の円筒がふたつ。

 

「これ、何なの?」


 セロはマスクを手に取ると、首を傾げるヘレナの顔に無理矢理押し付け、バンドで手早く固定する。


「むぐっ。何するのよ」


 真っ黒な全面マスクは、意外と着け心地は悪くないが、視界が狭まる上に息苦しい。

 ヘレナは取り外そうとしたが、セロに止められた。


「外すなよ。煙を吸ってむせるぞ」


「煙? 煙って……」


 セロは金属の円筒を1本拾い上げ、ピンを抜く。

 家の影から素早く身を乗り出し、城門前の広場に向かって投擲する。

 同じように、もう1本の缶も放り投げる。


 投げ出された2本の金属缶から小さく火花が散ったかと思うと、白煙がもうもうと吐き出され、たちまちのうちに視界が不明瞭になる。


「これを持て」


 セロは正方形の板をヘレナに手渡した。

 例のごとく、木でも鉄でもない妙な素材で出来ていて、意外にずしりとした重量がある。

 片面には盾の握りのような持ち手が付いていた。反対面は、まるで蜂の尾のような黒と黄の縞模様で覆われている。


「よし。じゃあ、お前、それ持って城まで走れ」


「はァ!?」

 

 突然の無茶振りに、ヘレナは素っ頓狂な声を上げた。


「い、いやよ。撃たれちゃうじゃない!」


「何のためにスモーク焚いたと思ってんだ。これだけ煙ってりゃ、弾なんかそうそう当たらねーよ。後ろから援護してやるから、安心して突っ走れ」


「でも……」

 

 ヘレナが尻込みすると、セロはため息をついた。


「やらねーなら、ここで震えてろ。それ、返しな」


 ヘレナは自らが両手で抱え持つ謎の板を見下ろした。

 彼女はほとんど意地になって言った。


「やるわよ。足手まといにはならないんだからっ」


 ヘレナは大きく深呼吸をしてから、遮蔽物の陰を飛び出した。

 城門を目指して、遮二無二走る。


 ヘレナが走り出した直後、後方でセロが発砲した。

 1秒間に10発以上を発射する、恐るべき猛連射だ。


 援護射撃の銃声に背中を押されるように、ヘレナは必死に足を動かして、煙の中へと突っ込んだ。

 

 視界がほとんどない中で、方向感覚だけを頼りに前へ前へと進んでいく。

 やがて、分厚い木造りの城門に体がぶち当たる。


「うぐっ!?」


 肩を打ったヘレナが痛みを堪えていると、セロが後ろから追いついてくる。


「寄越せ」


 セロは、ヘレナが後生大事に抱え持っていた正方形の板を取り上げると、取手の側の反対面を覆う警告色のシールを剥がした。

 城門に板を貼り付け、取手の付け根のスイッチを押し込む。


「離れてろ」


 セロの指示に従い、扉から離れる。


 直後、銃声を何倍にもしたような、凄まじい爆音が轟き、頑丈な樫木作りの城門が倒壊した。

 

 M5指向性充填爆薬。

 防護扉の破壊を念頭に置いて設計されたドアプリーチャーである。

 破壊対象に接着することができ、充填された3キロのプラスチック爆薬の爆風が、ミスナイ・シャルディン効果によって接着面に向けて放射される。

 その威力は、船舶の水密隔壁を破るほどだ。


 城門を破るや否や、セロは城内へと踏み込んでいく。

 けたたましく銃声が鳴り響き、城内を占拠していたアスカン兵の悲鳴が上がる。


 古今東西、正面を破られた城塞で起こることは、ただひとつ。

 一方的な虐殺だ。




 

本作をお気に召しましたら、下の☆☆☆☆☆から応援を何卒お願いいたします。


ブックマークも頂けたら、めちゃくちゃ喜びます。


何卒m(_ _)m


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