5
セロは奪い取ったライフルをしげしげと眺める。
外見は、イギリスで19世期末に発明されたリー・エンフィールドそのものだ。
オリジナル要素の見られないコピー品だが、完成度は高い。
ボルト、バレル、照門照星などの金属部品はすべて鋼鉄製だ。
セロは槓桿を操作し、排出された実包を空中でキャッチする。
303ブリティッシュ弾。その完璧な模倣品だった。
セロの黒い双眸が、地面に蹲ったアスカン兵を見下ろす。
「お前、この銃の型番とか、製造元とか、分かる?」
兵士は、がくがくと震えるばかりでセロの質問に答えない。
「知らねーか。まぁ、下っ端じゃしょうがねぇな」
セロは銃口を兵士の胸にあてがい、地面に押し倒す。
「じゃあ、誰なら知ってる?」
「わ、わぁ! 止めろ。撃つな!」
兵士はピンで縫い止められた昆虫のようにバタバタと手足を動かして命乞いする。
「うるせぇな。この銃を売ったのは誰だ? さっさと喋らなねぇと撃っちゃうよ」
「ま、マイヤーだ! 武器商人のマイヤーから買った銃だ」
「マイヤーですって!?」
兵士が白状すると、それまで事の成り行きを見守っていたヘレナが血相を変えて叫んだ。
「そ、そんな、嘘よ。どうしてマイヤーが……」
セロとしては、マイヤーがアスカンと通じていることは織り込み済みであったため、何の驚きもない。
だが、ヘレナはどうやらあの胡散臭い武器商人のことを完全に信じ込んでいたようだ。
「マイヤーは、いつ頃この辺りにやってきたんだ?」
「や、やつが姿を現したのは、3ヶ月くらい前のことだ。大量の銃を売ったことで、ご領主から信頼されて、今じゃ俺たち家士に命令してくる始末さ」
「この襲撃はやつの命令だったわけだな」
兵士は、こくこくと何度も頷いた。
「そ、そうだ。俺たちは命令されただけだ。護衛を殺して、リュトヴィッツの娘を誘拐し、冒険者の持つ銃を強奪しろと……」
銃声が轟き、兵士の体がびくんと跳ねた。
饒舌だった兵士は、物言わぬ骸と化した。
セロはライフルを投げ捨てると、ヘレナに視線をやった。
「お前、しばらくこの山で身を隠しとけ」
ヘレナは、震える肩を抱きながら、セロを見た。
「あ、あなた。あなたは何者なの……?」
「今頃、マイヤーが呼び込んだアスカン兵が城下町を占拠してるはずだ。下手に近づくと、とっ捕まるぞ」
セロはヘレナの質問には答えず、端的な警告だけを冷徹に告げる。
セロが歩き出すと、ヘレナは慌てて声を上げた。
「待って。どこに行くの!?」
「城下町」
ヘレナは「え?」と間抜けな声を出した。
「だって、あなた。たった今、近づくなって……」
「お前に言ったんだ。俺にとっちゃ危険でも何でもない」
セロはずんずんと歩を進める。
「ちょっと。武器もなしにどうするつもり? この山にあなたの銃が隠してあるんでしょ。回収しないの?」
ヘレナの指摘に対して、セロは「ああ」と呟きながら振り返った。
「あれ、嘘なんだわ。こんなとこに銃なんか隠してねーよ」
ヘレナが愕然とした表情を浮かべる。
セロはその場に跪くと、地面の上に右手を置いた。
その手のひらから、じわりと真っ黒な影のようなものが染み出して、地面の上に広がっていく。
そして、まるで水面から浮かび上がるかのように、その影の中から物質が顕現していく。
それらは、本来この世界には決して存在しないはずの”異物”だった。
別の次元、別の宇宙、別の惑星。地球という星で、人類が数千年をかけて培った、同族を殺すための技術。
その精華たち。
まず目を引くのは、全長約50セルチの真っ黒なカービンライフルだ。
フレームには強化プラスチックが多用され、銃身の上下左右4面にはピカニティーレールが標準装備されている。
無骨ながらも、非常に洗練された外見は、まさに機能美というべきものだった。
原型が開発されてから、半世紀以上もの年月をかけ、改良され続けてきたAR15系統アサルトライフル。
その発展形であるHK416。世界中の特殊部隊から大いに支持を得ている傑作銃である。
アタッチメントはトリジコン社製の光学照準器と、バーティカルタイプのフォアグリップ。
ライフルの隣には、大型の自動拳銃HK MK23がある。
45口径弾を用いる強力な攻性拳銃であり、比類なき信頼性と堅牢性を誇る。
主、副兵装の予備弾倉が、それぞれ2本ずつ。
M84スタングレネードが1個。
収納ポーチを多数備えたタクティカルベストが1着。
「な、なに、これ」
ヘレナは困惑して後ずさった。
彼女があれほど渇望した絶対的な力の象徴たる武器……銃が、弾薬が、何もない地面の中から出現したのである。
セロは上着のジャケットを脱ぐと、Tシャツの上にタクティカルベストを着込み、武器を装備していく。
地球でいうところの中世の文明しか持たない世界において、自動火器で武装したセロ。
もはや、彼の存在そのものが、この世界における異質物と化していた。
「まぁ、こういうこった。俺は異世界の物質を喚び出す召喚魔法を使える。武器は、いつでも自由に喚び出すことができるってわけだ」
ヘレナは衝撃のあまり言葉もないようだった。
彼女は打ちのめされたかのように、その場にへたり込んでいる。
銃という破壊の道具によって、生まれ育った土地を脅かされ、忠実な臣下を失った哀れな少女貴族。
訳も分からず蹲るその様は、途方に暮れる子供の姿そのものだった。
「俺と同じく召喚魔法を使うことができる人間がもうひとりいる。俺の姉だ」
セロは言った。
ヘレナが顔を上げる。
「やつは、召喚物を参考に作り上げた銃を方々で売り捌き、巨額の利益を上げている。俺の最終的な目的は、姉を探し出し、殺すことだ」
セロは言葉を継ぐ。
「姉の組織は巨大で、しかも徹底した秘密主義だ。通常、組織が顧客と直接的にやり取りすることはない。取引は組織に属さない商人を介して行われる。だから、姉の組織に近づくためには、銃器を卸す武器商人から辿っていくしか方法がない」
ヘレナの顔に理解の色が広がっていく。
「俺がこの土地に来たのは、武器商人と接触するためだ。銃殺事件が起きてるってことは、銃を売る武器商がそこをうろついてるってことだからな」
「それじゃあ、あなたは初めから全部知ってて……。私たちを利用したってこと?」
ヘレナが絞り出した問いに対し、セロは冷めた視線を返した。
「そりゃ、お互い様だろ。ヘレナ・フォン・リュトヴィッツ。俺も、お前も、マイヤーも、アスカンも、全員が全員、自分の利益のために他人を利用しようとしたんだ。その結果、俺は利用する側に、お前はされる側に分かれた。それだけのことだ」
セロはそう言い残して、歩き去ろうとする。
その歩みを、槓桿を操作するガチャリという金属音が止める。
セロが振り返ると、アスカンの銃兵が遺したライフル銃を、こちらに向けて構えるヘレナの姿があった。
「待ちなさい」
低く抑えた少女の声が、セロに投げかけられた。
「言っとくが、俺を恨むのはお門違いだぞ。それに、そんなもんで、俺をどうこうできねぇことくらいは分かるはずだ」
セロは平坦な声で警告した。
先ほどのアスカン兵との交戦を間近で見ていたヘレナである。セロの戦闘能力については十分に思い知っているはずだ。
ヘレナは青い顔をしながらも、口の端を歪めてみせた。
「逆恨みしてるわけじゃないわ。あなたには絶対に敵わないことも、もちろん分かってる。私は、あなたと対立したいわけじゃない。ただ、あなたに協力してほしいの」
たったさっきまで、打ちひしがれた子供そのものだったのに、この持ち直しの早さは大したものだ。
だが、元気になったのはいいものの、立ち直ってからの彼女の言動は、まったくもって意味不明なものだった。
「訳が分かんねーな。協力を求める相手に銃を向けるってのは、一体どういう了見だ?」
セロが胡乱げに問うと、ヘレナは妙に腹の据わった目をして答えた。
「だって、あなたは泣き落としが通じるタイプじゃないでしょ。あなたと交渉できる材料は、私の手にはない。でも、領地を救うためには、無理でも無茶でも、あなたという戦力を味方につけるしかないのよ」
まさに無茶苦茶だった。
要するに、彼女はセロにこう言っているのだ。「協力せよ。さもなくばここで撃ち殺す」、と。
百歩譲って、ヘレナがセロより強いのなら、このような横暴を言うのも許されるだろう。
だが、ヘレナは何の力も持たない小娘である。そのような無力な少女が、百戦錬磨のセロを無理矢理従わせようとしているのである。
セロはヘレナの評価を改める。
ただの世間知らずの子供かと思いきや、想像を絶する大馬鹿者だったようだ。
面倒だな。
セロは心中で毒づいた。
もし、このまま歩き去ろうとした場合、ヘレナは本気でこちらを撃つ気でいるらしい。
つまり、無視はできないということだ。
となると、選択肢はふたつ。
排除するか、彼女の要求に従うか。
排除となると、下の毛も生え揃っていないような子供を撃つのは、いくらセロでも流石に憚られる。
ヘレナを殺さず無力化する方法など、いくらでも思いつくが……。
「ふん、いいだろう。ついてこい」
セロは、少しの間黙考し、ヘレナの同道を許可した。
貴族の少女の顔が、ぱっと明るくなる。
「あ、ありがとう!」
「勘違いすんな。お前や、お前の領地を助けるとは言ってねぇ」
セロは即座に釘を刺した。
「俺にとっても、お前にとっても、当座の目的はマイヤーをとっ捕まえることだ。お互いに、そこまでは協力し合えるだろう。だが、そこから先までお前に付き合う義理はない」
ヘレナは厳しい表情をしながらも、頷いた。
「いいでしょう。とりあえずは、それでいいわ」
「よし。そうと決まった以上、お前にも危険を負ってもらう。死んでも文句言うんじゃねーぞ」
ヘレナは「死んだら文句は言えないわよ」とユーモアの欠乏しきった返しをしてきた。
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