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 先日、ベーオウルフ退治に訪れた銅鉱山を再び登る。


 後ろからついてくるのは、領主の息女ヘレナと、その護衛である6人の騎士。


 ヘレナは動きやすそうなショートパンツとノースリーブのシャツに着替えていた。

 ウェーブロングの髪は、後ろで一纏めにしている。


 このような格好になると、彼女の生来の闊達さがよりあらわになる。

 実際、勾配のある山道を、セロに負けないペースですらすらとついてくる。


 何なら、完全武装の護衛たちの方がバテているくらいだ。


 彼女は小動物めいた動きでセロの近くに寄ると、後方の騎士たちと距離があることを確認してから口を開いた。


「その、悪かったわ」


 彼女はバツが悪そうな顔で謝罪した。


「何が?」


 セロは振り返りもせず聞き返した。


「何がって……。無実のあなたを逮捕したことよ」


「意味のねー謝罪だな。何にせよ、俺の銃を取り上げるのに変わりはないんだろ」


 ヘレナは顔を曇らせる。


「それは……」


「いいさ。ただし、化け狼討伐の依頼料は払ってもらうぜ」


 ヘレナの赤銅色の瞳がぱっと輝いた。


「もちろんよ! リュトヴィッツ家の名誉に誓って、きっちり支払うわ」


 ヘレナは薄い胸を大きく張った。


「ねぇ、あなたはどこから来たの? ギルド所属の冒険者が、こんな何もないところにやってくるなんて珍しいわよね」


 まるで、普通の村娘のように、外の世界からの来訪者に興味を示す貴族の息女。


 セロは、このヘレナという少女の人物像を図りかねた。

 冤罪で人を牢屋に入れるような、とんでもない人物かと思いきや、こうして好奇心の赴くままに話しかけてくる様子は、年相応の少女の姿そのものだ。

 

「私も、外の世界を見てみたいなぁ。西の果てには対岸が見えないくらい大きな湖があるって本当なの?」


「さぁな。知る必要があるのか? お前の世界はここだけだろ」


 セロの愛想のかけらもない受け応えに、ヘレナはむぅ、と頬を膨らませる。


「そうだけど、でも興味があるのよ。いつか、あなたたち冒険者のように大陸を旅してみたいわ」


 ヘレナは、遠い地平線の向こうを憧憬の眼差しで見つめた。

 貴族の少女は、それが叶わぬ夢であると知りつつ、憧れを語る。

 この世界では、生まれついた環境が人の生き方を定める。例え、領主貴族であっても、いや、高貴な身分だからこそ、彼女はこの土地に縛られる運命にあった。


「姫さま」


 遅れていた護衛の騎士たちが、息を切らせながら追いついてくる。


「その男からお離れください。どこの馬の骨とも知れぬ輩ですぞ。御身に危害を加えないとも限りません」


 リーダー格らしい年長の騎士が忠言した。


「そう? セロは、そんなことはしないと思うけど」


 どういう根拠で言っているのやら。

 セロはため息をついた。


「そいつの言う通りだ。あまり、無闇に人を信用するな」


「もう、あなたまで」


 膨れっ面になるヘレナに、セロは冷淡な視線を送る。


「他人を盲信するのは、結局のところ、そいつを信用してないのと同じことだ」


 ヘレナはぐうの音も出ずに押し黙った。


 一行は、黙々と山道を登る。

 先ほどの一言が効いたのか、ヘレナもそれ以上は余計な口を利かなかった。


 やがて、道程の半ばを越えた頃、それは起こった。


 事前に感づいたのは、セロだけだった。


 岩場の上から、こちらを見下ろす殺意。

 待ち伏せ。

 いつの間にか、全員が敵の必中の距離にまで踏み込んでいた。


 耳を弄する轟音が立て続けに鳴り響き、屈強な6人の騎士が倒れた。


 ヘレナの声にならない悲鳴。

 騎士たちの苦悶の呻き。


 頭上の岩場から、人影が立ち上がる。

 その数、8名。

 こちらの人数とぴったり一致するのは、偶然ではあるまい。


「ははっ、間抜けどもが。まんまとやってきやがった」


 彼らは、その全員が、木と鉄を組み合わせた長い筒状の武器を携えていた。


 銃。


 火薬の力で、鉛の礫を打ち放つ殺人兵器。

 異世界の歴史において、その桁違いの殺傷能力によって、戦争の形態を根底から覆してしまった悪魔の発明。


 革鎧を着込んだ8人の射手は、嗜虐心の滲んだ下品な笑みを浮かべながら、銃の槓桿を操作する。

 排出された真鍮製の空薬莢が地面に落ち、涼やかな金属音を奏でる。


 無煙火薬の実包を装填した、ボルトアクション式ライフル銃。


 地球でいうところの13世期相当の科学力しか持たないこの世界においては、明らかなオーバーテクノロジーの産物だ。


「ヘレナ・フォン・リュトヴィッツだな」


 銃を持った兵士たちが、こちらに近づいてくる。


「お、お逃げください。姫さま」


 血泥に沈む年かさの騎士が、血痰混じりの声を絞り出した。


 その分厚い胸板を守るプレートメイルに風穴が開いていた。

 槍の穂先も、矢の切っ先もはじき返す板金鎧も、フルサイズのライフル弾の前にはボロ布同然だ。


 自分自身の死際にも主君を案じる忠臣のこめかみに、ライフルの銃口が据えられる。

 放たれた銃弾は兜を容易く貫通し、老騎士の脳髄を吹き飛ばした。


「アルフレッド!」


 ヘレナが絶叫する。


「ボォケ! 死んどけ、ジジィ!」


 銃兵が騎士の屍に唾を吐き掛ける。


「さぁて」


 暴力の恍惚に酔ったキチガイじみた視線が、ヘレナを見据える。


「リュトヴィッツ家のお嬢ちゃん。後でたっぷりと可愛がってやるからな」


 キチガイは舌舐めずりをした。

 ヘレナが身を震わせる。


 キチガイの視線が、ヘレナの傍らに突っ立つセロへと滑る。


「さて、てめぇのことは聞いてるぜ。銃使いの冒険者。お前さんの大切な商売道具は俺たちが大事に使ってやるからよ。隠し場所まで案内しな」


 セロは両手を上げた。


「あんたたち、アスカン家の人?」


 セロは、状況を弁えない平然とした声で、銃を持った兵士たちに問いかける。


「あ?」


 銃兵たちは揃って胡乱げな表情をした。


「リュトヴィッツ家と敵対してるっていうアスカン家の人らだろ。助けてくれねーか。俺はこいつらに脅迫されてただけなんだよ」


 セロはヘレナに向かって顎をしゃくる。


 ヘレナが信じられないといった顔でこちらを見ているが、セロは黙殺する。

 少なくとも、今のところ嘘はまったく言っていないのだから、咎め立てされるいわれはない。


「あんたらに逆らうつもりはない。銃がほしけりゃ渡すよ」


 セロは口を動かしながら、一歩一歩ゆっくりと銃兵たちの方へと近づいていく。


「当然、銃はいたたくぜ。だが、とりあえず、そこで止まらねぇか。このボケ野郎」


 銃兵のうちのひとりが、セロに向かってライフルを向ける。

 

「撃つのは勘弁してくれ。逆らうつもりはないって」


 ゆっくりと、すり足を踏むかのように、セロは少しずつ相手との距離を詰めていく。


「てめぇ、止まれっつってんだろ。ブチ殺すぞ、コラ!」


 苛立つ銃兵が、ライフルの銃口をセロの額に突きつける。


 その瞬間、セロの左手が閃き、ライフルを横に払いのけた。

 セロは、銃身を左手で掴むと、中指の関節を立てた右手を、相手の人中に打ち込んだ。


「ぎゃっ!?」


 素っ頓狂な悲鳴を上げて、もんどり打つ銃兵。

 彼は、あっさりと得物から両手を離してしまう。


 セロは自分のものとなったライフル銃を両手で保持すると、その長い銃身を、体の捻りを用いて振り抜いた。

 硬い木製のストック部分が、銃兵の首元へと致命的な速度で打ち込まれる。


 ばきょ、と木が砕けるような音。

 

 首の骨を折られた男が、糸の切れた人形のように膝から崩れ落ちる。


 セロは他の7人の兵士が何が起こったのかを把握するよりも速く、銃を腰溜めに構えて狙いをつけ、引き金を絞った。


 ドン、と山界に木霊する轟音。

 

 放たれた銃弾は、射線上に重なり合っていた2名の銃兵を纏めて撃ち抜いた。


 セロは銃の槓桿を操作し、次弾を装填する。 

 別の銃兵に狙いを定め、撃つ。


 轟音が過ぎ、兵士が倒れる。


 さらに、廃莢装填の動作を繰り返す……しかし、薬室を解放したところで、槓桿が妙な引っ掛かりをして、もとに戻らなくなる。


 動作不良。


 そう判断した瞬間、セロは最も手近な位置にいた兵士へと突進し、故障したライフルの銃口を、槍の穂先よろしく相手の鳩尾へと突き込んだ。


「げあっ!?」


 もんどりうって倒れる兵士から新たなライフルを奪い取ると、続け様に2発撃つ。

 ふたりが倒れる。

 

 鳩尾を突かれ、地面の上で芋虫のようにのたうち回る兵士の頭に、銃口を突きつける。セロは、少しの躊躇もなく引き金を絞った。


 これで、敵の数は残りひとりになった。


 6秒。

 わずか6秒のことだった。

 たった6秒間で7人の命を刈り取ったセロは、最後に残った敵兵にゆっくりと向き直る。


 一瞬のうちに7人の味方を失ったアスカン兵は、恐慌をきたしながらセロに銃を向けた。


「な、なんだ。何なんだよ、お前は!?」


 セロは、これ見よがしに自分の銃を捨てると、丸腰のまま敵と向かい合った。


「なんだ。舐めやがって。畜生」


 敵が引き金を絞る。

 撃ち放たれた銃弾は、半身をひねったセロの右脇を通り過ぎ、虚空へと消えた。


「ひゃっ!?」


 兵士は素っ頓狂な悲鳴を上げた。


「ひゃっ、化物! た、た、弾を避けやがった!」


 セロはゆっくりと兵士の方に近づいていく。


「ひゃ、ひゃっ」


 兵士は槓桿を引いて次弾を装填し、セロを狙う。


 その発砲に至る一連の動作。

 肉の興り、気の乱れ、視線の向き。それらが与えてくれる情報から、撃発のタイミングと弾道を予測する。


 撃ち放たれた銃弾は、音を超える速度で飛来する。

 当然ながら、人間は音より速く動くことはできない。

 しかし、弾がいつ発射され、どのような経路で飛んでくるか、事前に予想できたなら、あらかじめ弾道から体を逸らすことで被弾を回避することは可能である。


 アスカン兵が撃った2発目の弾丸も、セロは危なげなく回避する。


 彼が慌ただしい手つきで次弾を装填する間に、セロはその目の前にまで迫る。


 銃身を右手でむんずと掴むと、兵士の手からライフルをひったくる。


「わっ」


 兵士は反動でひっくり返り、尻餅をついた。

 彼は、地獄の悪魔を見るかのような目でセロのことを見上げた。


「お前は……い、一体」


 セロは兵士をじっと見下ろしながら口を開いた。


「ただの冒険者だ」




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