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リュトヴィッツ領主の城は石造りの砦だった。
4階建ての塔を擁する本格的なダンジョンである。
城の地下には牢があり、セロはそこに収監された。
鉄格子を挟んで、リュトヴィッツ家息女のヘレナと向かい合う。
「これ、どこで手に入れたの?」
1枚の透明な袋が、ヘレナの手元でがさがさ、と音を立てている。
セロがベーオウルフの耳の入れ物として、初老の御者に手渡したポリ袋だ。きれいに洗ってある。
「ツルッとしてて、布じゃないわよね、これ。絹とも違うし、こんなの見たことないわ。こんな貴重な物に怪物の耳を入れるなんて」
紙袋さえ存在しないこの世界で、合成樹脂原料の袋が貴重品であるのは間違えないだろう。
だが、少し前までセロがいた異世界では、このようなポリ袋はそれこそ十把一絡げに投げ売りされていたものだ。
「それに、銃だって、一介の冒険者が持っていていい代物じゃないわ。領主貴族の私ですら、手に入れるのに四苦八苦してるっていうのに」
ヘレナの赤銅色の双眸が、鉄格子越しにセロを睨む。
「あなた、何者なの?」
セロは明後日の方向を向いて欠伸をした。
「ただの冒険者」
ヘレナはふん、と小さな鼻を鳴らした。
「そんなはずがあるもんですか。いいこと。覚悟なさい。あなたが自分の素性を白状するまで、ここから出さないんだからね」
「俺の素性は関係ねーだろ。俺が何者だろうが、要は領民殺しの潔白さえ証明すれば、拘留する理由はなくなるはずだ」
セロがぴしゃりと言うと、ヘレナは、うっと言葉に詰まった。
「最初の殺しはいつだ?」
「え?」
「一番最初におきた銃殺事件のことだ。ひと月ほど前って言ってたろ。正確には何日前?」
ヘレナは顎に手を据えながら、記憶を遡る。
「それなら、33日前よ。謝肉祭から4日後のことだったわ」
「なら、アリバイがある。25日前には、俺は西のフォルヒハイムで依頼を受けていた」
ヘレナが眉を顰める。
「冒険者としての仕事をしてたってこと? 証明できるの?」
「ギルドから斡旋されたヤマだ。フォルヒハイム支部の記録を参照すれば、裏が取れるはずだ」
「な、ギルド!? あなたはギルドの会員なの?」
ギルド。
その単語を聞いた瞬間、ヘレナが泡を食った表情をする。
「まぁな。あんた、その様子じゃ、ギルドについてよく知っているようじゃねぇか」
セロは口の端を歪めた。
「会員を不当に拘束すれば、ギルドを敵に回すかもしれねーぜ。いくら領主貴族様でも、あの組織と喧嘩したくはねーだろ」
ヘレナが「くぅ」と歯噛みする。
「もういいだろ。ここから出してくれ」
セロは解放を要求するが、ヘレナは首を横に振った。
「……ダメよ。悪いけど、まだあなたを出すわけにはいかないわ」
「あ?」
セロが目を眇めるが、貴族の少女は却って腹を括ったかのように、凜然とした態度で睨み返してくる。
「あなたの銃はどこにあるの?」
「何だと?」
「宿の部屋にはなかったわ。言いなさい。ベーオウルフを撃ち殺すのに使った銃は、どこに隠したの?」
セロは改めて、目の前の少女の顔を見た。
それは、まだ幼いながらも、目的のためなら手段を選ばない堂々たる”貴族”の顔だった。
「若いくせに、結構アコギなことをするじゃねーか」
セロの容疑が晴れた時点で、その身柄を拘束する正当な理由はなくなった。
それにも関わらず、セロを解放するどころか銃をよこせと迫るとは。これでは横暴な特権階級の所業そのものだ。
「もう、なりふり構ってられないのよ」
ヘレナの表情には苦渋の色が滲んでいた。
「銃を渡して。何なら、あんたを拷問してでも……」
「まぁ、いいよ」
セロは、ヘレナの強迫めいたセリフを遮って言った。
「え?」
貴族の少女は呆気に取られてきょとんとする。
「俺の銃を渡してやってもいい。その代わりに、今あんたの所領に起きていることについて、隠さず教えてくれ」
セロは、ヘレナの赤い瞳を見ながら言う。
「領民殺しの犯人のことだ。本当のところ、目星はついてんだろ」
「それは……」
「隠す意味ねーよ。あんたが切羽詰まってるのは、事態がそれだけ深刻な状況だってことを分かってるからだ」
ヘレナは数秒の逡巡の末、口を開いた。
「アスカン家。やつらの仕業よ」
アスカンというのは、リュトヴィッツの西隣に領地を持つ貴族家だ。
ヘレナの話によると……以前からアスカンとリュトヴィッツは銅鉱山の利権を巡って小競り合いを続けてきたらしい。
ふたつの領地は対立しながらも、これまで一線を超えることはなかったという。
しかし、新兵器である銃を手に入れたことで、アスカンは歯止めを失い、野心を剥き出しにし始めた。
その結果、血気に逸ったアスカン兵が、時折領域を侵犯し、リュトヴィッツの領民に対する殺傷行為を行うようになった。
これが、連続銃殺事件の真相だった。
領民殺しの相手がアスカン家だと分かっていたなら、セロの逮捕はハナから不当だったことになるが、セロはあえてそのことには拘らなかった。
「敵は隣領か。そいつらはどうやって銃を手に入れたんだ?」
「武器商人よ。銃器を卸す商人が、アスカン家に売り込みをかけたのよ」
セロは「武器商人」という言葉を口の中で転がした。
「状況は分かった。それで、お隣に好き放題やられながら、あんたたちはこれまで手をこまねいてただけなのか」
ヘレナはむ、と頬を膨らませる。
「そんなわけないじゃない。私たちだって……」
「ヘレナ様」
その時、第三者の声が、セロとヘレナの会話に割り込んだ。
階段の向こうから姿を現したのは、裕福そうな身なりをした中年の男だった。
「件のベーオウルフに撃ち込まれていた弾丸ですが、私の知るどの型とも異なるものです。非常に精巧な造りをしています」
男の窪んだ眼窩の奥から、猜疑心の強そうな眼光がセロに向けられる。
「この者が、件の銃の持ち主ですか」
「名前はセロというわ。セロ、この男はマイヤー。商人よ」
セロはじろり、とマイヤーの顔を見た。
「何だ、下郎。じろじろと見るな。鬱陶しい」
細面の武器商人は、不快そうに顔を顰める。
「マイヤー、例の物の用意は滞りないわよね?」
「はい、ヘレナ様」
セロに対しては露骨に見下した目を向けるマイヤーだが、ヘレナに対しては気色悪いほど恭しい態度を取る。
「そこは万事抜かりなく。もう2、3日もあれば手配できます。ですが、それはそれとして……」
マイヤーはヘレナに耳打ちするように囁きかける。
「この男の銃。是非とも手に入れるべきです。どこから入手したのか分かりませぬが、この私ですら見たこともない最新型と思われます。アスカンと戦う上で、強力な武器となるでしょう」
ヘレナは鷹揚に頷いた。
「それなら、問題ないわ。セロは自分の銃を私たちに提供するよう約束してくれたのよ」
「ほう? 殊勝な心掛けだな。貴様」
マイヤーはベビのような笑みを見せた。
セロは、彼の細い目を見つめ返す。
「お前、銃を売る武器商か?」
セロの問いに対して、マイヤーは「そうだが」とぶっきらぼうに答えた。
なるほど、目には目を、というわけだ。
銃で侵略行為を仕掛けてきたアスカン家に対して、リュトヴィッツ家も同じく銃を手に入れ対抗しようとしているのだ。
小貴族同士の争いなど、正直セロの知ったことではない。
だが、銃を仕入れることができる武器商人と接触できたのは、セロの目的にとって大きな前進だった。
このマイヤーとやらは、”銃器の供給元の組織”と、何らかの形で繋がっている。
セロは、自分の胸の鼓動がかすかに高鳴るのを感じていた。
「それで、セロ。あなたの銃はどこにあるの?」
ヘレナがセロに問う。
「あの銅鉱山だ。坑道の近くに隠した」
「それじゃ、その隠し場所まで案内なさい」
「ヘレナ様」
マイヤーが声を上げた。
「まさか、ご自身で赴かれるおつもりですか?」
ヘレナはマイヤーに振り返ると、その慎ましい胸を張った。
「当然よ。当地の命運がかかっているんだもの。セロの銃がどれほどの代物なのか、私がこの目で確かめるわ」
「おお、自ら率先して危険を負われるとは。まさに高貴なる血筋の行い。このマイヤー感服しました!」
マイヤーはいかにも感じ入ったという風に低頭した。
ヘレナは「もう、何を言うのよ」などと謙遜しながらも、どこか誇らしげだ。
セロは頭痛を催したかのように、額に指を当てた。
このマイヤーという武器商は、十中九、裏でアスカン家と繋がっている。アスカンに銃を売った張本人がこいつだろう。
敵対するふたつの勢力にそれぞれ武器弾薬を売りつけ、紛争を泥沼化させて巨利を得る……それが、銃を売る死の商人たちの常套手段なのだ。
若いヘレナはマイヤーを信じきっているようだ。
しかし、蜘蛛の糸と信じて縋ったのが毒入りの釣り餌だった、などというのは往々にしてよくある話である。
リュトヴィッツ領がどうなろうと、セロは別にどうでもいい。
だが、その小さな肩に不相応なほどの責任を背負い、しかも自らが破局に近づいていることに気づいてさえいない愚かな小娘には、わずかばかりの同情を禁じ得なかった。
あと2話、本日午後に投稿します。
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