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虐げられた少女は今日も唄う  作者: 小望月 白
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鏡に映るのは


ふわりふわりと感じる浮遊感。優しい明るさに包まれたその場所で漂う不思議な感覚はどこか懐かしさを感じさせる物だった。


ーーあったかいなぁ


そこでふと、考える。


「あれ?私………なんだっけ」


一瞬頭の隅を何かが過ぎった気がしたが、その姿を確認する前にするりとどこかへ消えてしまった。果たして自分は一体何を思い出したかったのだったか。


「名前、なんだっけ。ていうか、なまえって、なんだっけ」


だんだん呂律まで怪しくなってきた。しかしこの安心感のある、優しい光に包まれている様なそれでいてどこかにふわふわと漂っている様な浮遊感は思考を続けようという私の意思をあっさりと摘み取った。


「ま、いいや。なんでも」


ふぅっと息をつき、上か下か前か後ろかも分からないこの場所で何となくごろんと転がってみる。


「なんだか凄く眠たい……疲れた………」


ゆっくりと目を閉じる。すると何故か瞳から一筋の涙が溢れた。それがとても不思議で思わず目を開き、頬に伝った涙を指で拭ってみた。


「何だろう。今、物凄く寂しかった」


しかし首を傾げて考えてみても特に心当たりは無い。何と言っても今の私の記憶は1番古い物でも先程この場で漂っているまでなのだ。


「ここ………なんなのかな」


ふと口に出してみればやはり胸を締め付けられる様な何ともし難い焦燥感が身体を襲う。なんとか耐えようと胸の前でぎゅっと手を握りしめていればふと、自分以外の何かに気が付く。


「なに………?」


しかし周りを見渡しても特に何も見当たらず、先程同様ただぼやっと明るい空間が広がるだけだ。なのに何だろう。何かを、誰かを焦がれている様な息苦しさが募る。その時、ふわりと肩に何かが優しく触れた気がした。


『帰りたい?』


頭の中で響く様なその声は、大人も子供も男も女も関係なくその沢山の人全てを合わせた様な、少しブレて聞こえる不思議な声だった。しかし何故か恐怖は感じず、ただただ心には懐かしさが広がった。


「帰りたい……って言われても、どこに帰りたいのかも分からない」


そう答えると不思議な声は少し笑って何となくだが、頭を撫でられた気がした。


『じゃあ、一緒に来る?』

「一緒に?」

『うん。もう、辛い事も悲しい事も無いよ。今までの痛かった事もやるせなかった事も何もかも忘れて新しい場所へ行ける。新しい場所へ行く迄も1人になんてしないよ。ずっと一緒にいてあげる』

「全部、忘れて………?」


しかし既に自分はもう何も覚えていないし、特に忘れて悲しい事も無い気がした。


ーー?


しかし、そう考えた瞬間つきりと胸の辺りが小さく痛む。それが何なのか検討も付かず胸に手を当てたまま視線を彷徨わせているとまた、優しい声が聞こえる。


『ほら、よく耳を澄ませて。聞こえてくるあの声に応えるか、応えないか。』


そう言われて耳を澄ませてみれば先程迄は聞こえなかった誰かの声が聞こえる気がする。しかしどこか遠くから聞こえるその声は聞き取り辛くもっとよく聞いてみようと瞳を閉じた。


「…ィナ………」


そして微かに聞こえた誰かの声。何かを切望する様な、取り縋るかの様な悲痛なその声を聞いただけで胸の痛みは先程とは比べ物にならない程大きくなった。


「あ、なんで……?」


そして自分の頬に涙が伝っている事に気が付き首を傾げる。しかし、拭っても拭ってもキリがない程止め処なく流れ出る涙はまるで無くしてしまった記憶を惜しむ様であった。そんな彼女の姿に呆れた様な、仕方ないなと笑う様なため息をついた響く声はそっと囁いた。


『また、いつかきっと会いに行くよ』

「え?」


それはどういう事なのかと聞き返そうとした瞬間、目も開けられぬ程の風がざぁっと吹き抜ける。思わず髪を抑えてぎゅっと目を閉じれば途端に感じる瑞々しいくも力強い青い香り。そっと目を開くとそこには多くの木々が生い茂る豊かな森が広がっていた。


「っ、あの!」


先程まで聞こえていた声の主を探そうときょろきょろと周りを見渡すが、視界に映るのは様々な樹、樹、そして樹である。


ーー声の人、居なくなっちゃった?


会いに行く、とは言っていたがそもそも私達は知り合いだったのかとか、私は何なのかとか、この光る場所は何処なのかなど聞きたいことが沢山あったのに何ひとつ聞き出せないままにお別れしてしまった様だ。そして再び訪れる静寂。自分の姿を見下ろしてみれば質素な綿のストンとした一枚物の服に裸足だ。幸い下は柔らかくて背の低い小さな草がまるで絨毯かの様に生い茂っているので足は全く痛まないが前にも後ろにも見上げる程大きな樹で覆われたここでどうすればいいのか分からなかった。


『契約を』

「ぅわあ!」


突然、嗄れた老人の様な声が木々の全てから響き渡って思わずビクリと肩が跳ねる。


ーー契約?!契約って何?!


混乱する頭で必死に考えるが何も思い付かない。


『契約を』

「えぇ………」


再び響く声は一度目よりも落ち着いて聞き取れたがやはり『契約』の意味が分からない。いや、この場所に来た時からだんだん意識というか、頭がはっきりしてきたので言葉の意味は分かるのだがこの老人の様な声の言う『契約』の内容が分からない。


「あの、契約って何でしょう。内容を教えてもらってもいいですか?」


できるだけ丁寧に話しかけてみたが聞こえてきたものは期待していた物ではなかった。


『契約を』

「いや、話を聞いて………」


結局その後何度も何度も契約の内容やあなたは誰なのか、ここはどこなのかなどを聞いてみたが「契約を」としか答えてくれず、半ば自棄くそになりながら「話を聞かない相手となんてどんな内容であったとしても契約はしない!」と叫べば少し沈黙が続いた後に「契約をした後にならば内容を教える」と返ってきた。


ーーなんだそれ、詐欺じゃないか………


しかしどうにも悪い人?物?には感じられず何の根拠もない勘だけの物だがどちらにしても今の自分に失う物なんて何もないしまあいいかと半分、いや9割くらい面倒くさくなって「契約します」と答えてしまった。ただ、もし私の記憶が戻ったとしてその時私に大切な人がいればその人の不利益になる様な事はしないで欲しいと話せば「了解した」と言ってくれた。


ーーで、どうすればいいのかな


ぼーっと突っ立っていれば「額を」と言われる。うむ、大体分かってきたがこの声の主、どうやら言葉が足りない所では無い。言葉が無さすぎて意思疎通に苦労する。


「……あの、『額を』って言われても分からないんですけど。額をどうすればいいんですか」


するとまた暫しの沈黙の後、声の主は応える。


『木に』

「……木に?」

『………』

「………」


ーーええええええええぇぇ


ここで黙るのか。しかしもうここは自分が動くしか話が進まない事はこの多くないやり取りの中で学んだのでその後は懇々と話はゆっくりでもいいが最後まで言ってもらわないと通じないと言い聞かせた。結局、声の主が言いたかったのは『どれでもいいので適当な木に額を付けてくれ』と言う物だった。そして言う通りにした後、その声の主と少し話をした。何と呼べば良いのか分からずつい第一印象で「お爺ちゃん」と呼べば心無しがムッとした声で


『私は、老人では、ない』


と心なしか不服そうだったので『コリー』と呼ぶ事にした。比較的真っ直ぐと伸びる木が多い森の中でたまたま契約時に額を付けた木が何ともブロッコリーに似てモサモサしていたからそこから取ったのだが、まあ由来は別に話さなくてもいいだろうと思って黙っている。そんなコリーは私の事をティアと呼ぶ。誰だそれ私かと思って聞けば正式には『ティア・ラーナ・モルヴ』らしい。意味は「モルヴの妖精女王」らしい。やめろやめろそんな大層な名前は嫌だと言ったのだが聞き入れては貰えなかった。


「そういえばコリーはいくつくらいなの?」


話す内に打ち解けた姿も見えぬコリーはゆっくり、ゆっくりと返事をしてくれる。


『私に、年齢は……無い』

「そう」

『………この声の事、を言っているのであれば、これ、は、暫く誰とも話していなかった、から、だ。』

「ぉう」


失礼な事(声が老人みたい=相当なお年を召しているのでは)を考えていたのを見透かされて驚いたがまさか嗄れた声の原因が長らく黙っていたからだという理由にも驚いた。


「じゃあ、私と喋ってればその内声も元に戻るかも知れないねぇ」


あははと笑いながら話すと、ふっと微笑んだ様な声がして「ああ」と短く声がする。


今私の身体はボロボロすぎるので修復中だそうだ。全然実感がない。というか今が実体ではないという実感が無い。まあそんな訳で元いた場所へ帰るにはもう少し時間がかかるのだそうだ。記憶を失う前の私よ、一体何をやらかしたんだ。しかし彼がそう言うので空腹も眠気も感じないこの場所でコリーと話したり、木々の葉が揺れ動く音を聞いたり、時には無意味に全力で走ってみたりゴロゴロ転がってみたりしている。


「そういえば私が元いた場所?に戻った後もコリーとは会えるの?」

「そう、だな。私とティアは契約をしたので常に共に在れよう」

「そっか」


そうしてまた取り留めのない事を沢山話す。元の場所での時間経過とかが気にならない訳では無いがまあ、戻る身体が無いんじゃしょうがない。記憶も無いのに時折訪れる焦燥感や不安感は見ないふりをしてコリーや、コリーの昔の友達に関しての話を聞いたりした。進む道や形は違ったとしても思い合う事はできると思わせてくれた、ただ1人の友人だったらしい。


「仲良しなんだね」

「ああ。たとえ会えぬ期間があろうとも信じて待ち続けていれば再び相見える事ができるのだと、そんな馬鹿げた話でも信じて待ってみようかと思えた相手だった」

「そっか。それだけ大切に思える相手が1人でもいるのは素敵な事だね」

「ああ。神とやらに少しだけ感謝してやってもいいと思わんでもない」

「それはあんまり感謝してないのでは」


コリーの不信心がすごい。


「実際ティアとて……」

「え、なんで飛び火する流れなの」

「………」

「コリー?」


しかし会話中なのにも関わらずコリーが突然『準備ができた』と言うので驚きつつも頷く。次は彼に会話の流れと言うものを教えてあげようと思う。そして今から私を元の場所へと戻し、コリーは少し遅れはするものの必ず会いに来てくれるらしい。前にも別の人から同じ様な事を聞いた気がするので元の場所が例え1人ぼっちだったとしてもこの約束があれば寂しく無さそうだ。


『ではな』

「うん、またねコリー!」


最初よりも随分と滑らかに言葉が出てくる様になったコリーと別れの挨拶を済ませて目を閉じる。一瞬、木々の香りがぐっと強くなり、気が付けば私はどこか暗い場所にいた。


「……ぅ」


なんだか物凄く身体が重い。コリーの森に居る時はもっと軽く感じた自分の身体がまるで鉛の様に重くそして錆び付いた鉄の様に動かない。


「っ!!ティナ!!!」


自由にならない身体に悪戦苦闘しているとすぐ近くで懐かしい声がする。ゆっくりと目を開ければその眩しさに思わず目を眇め小さく瞬きを繰り返してから視線を動かす。


ーー立派な部屋だ………


「ティナ、ティナ………目が覚めたんだね。ああ、ティナが生きてる………本当に、生きてる」


声のする方に顔を動かせばそこには柔らかなプラチナブロンドを後ろで一纏めにしたサファイアブルーの瞳の青年。その美しすぎて天使と見紛う程の青年の背中には大きく美しい、繊細なレースの様な羽。


ーー羽。天使の羽ってこんなんだっけ


と、いうより翼なのでは?


「ティナ……僕が誰だかわかる………?」


何も話さない事に不安を抱いたのか宝石の様な瞳からポロポロと涙を流しながら声を揺らすその様子に思わず小さく笑う。


「ふふ、その背中のどうしたの、ハイジェイド」

「!」

「ただいま」

「……っ!おかえり、ティナ」


ティナの言葉に大きく目を見開いたハイジェイドは直ぐに花も恥じらうほどふわりと表情を綻ばせ、ティナの手を己の額へと押し付けてひたすらに小さく「よかった、本当に良かった……」と繰り返していた。そしてその様子を見ていたティナは少し考える。


ーー記憶は、ある


というよりも戻った。


ーーでも何で死んでないんだろ


森で最後の淀を浄化したのは覚えている。そしてそのまま死屍累々の浄化師達が転がる森の中をハイジェイドが歩いてきて、そのハイジェイドを茂みから狙う明らかな危険人物が呪いのアイテムっぽいのを持っていて、自分にもう浄化する力は残っていなかったからせめて盾にでもと思って飛び出した。


ーー私はあの時確かに、自分の死を感じた筈


そのまで考えてティナは自分の鳩尾辺りを服の上から手で触ってみた。


ーー何とも無い


ゆっくりと身体を起こせばハイジェイドが直ぐに手伝ってくれ、背中にクッションもいくつか置いてくれた。お礼を言いつつ直接鳩尾を見ようと服を上から覗き込んだティナは固まった。


「な、なななな!」

「ティナ?」

「………んなんじゃこりゃーー!!!」


起き抜けとは思わない程の声量が出て自分でも吃驚したが更に吃驚する事が起こっている。


「え?え?え?!」


見たものが信じられずバタバタと身体を動かせば顔の両脇からさらりと落ちてくるそれはそれは見事な金髪。なんというかもう、発光してるのかな?言わんばかりに輝く金髪。そして以前は上から余裕で見えた筈の鳩尾は全く見えず、代わりに存在を主張している豊満な胸。


ーーえ、は?


混乱して震える声でハイジェイドに鏡を見たいと言えば立派な手鏡を渡してくれる。


「ぎゃっ!」


そしてそこに映り込むのは宝石かと思う程きらっきらの碧眼。肌も瑞々しく透明感があり、触るまでもなく滑らかである。


「ハ……ハイジェイド」

「うん」

「鏡、壊れてる………」

「壊れてないよ。現実を見てティナ!」


頑張って!と無駄に応援してくるハイジェイドの言葉を聞き流しながらもう一度鏡を覗き込む。先程は気が付かなかったが鏡の奥にチラッチラッと更に信じられないものが映り込んでいる。


ーーげ、現実を直視できない


ティナの記憶が正しければ自分は燻んだ赤茶の髪と暗い灰緑の瞳をしたどこにでもいるやや吊り目の顔だった気がする。気がするのだが………


「なんだこの美女は」


思わず頭を抱えて後ろのクッションへぼふりと沈み込む


「あ、そういえばハイジェイド」

「なに?」

「姿が見えないんだけど、幻姿のみんなはどうしてる?」


するとそれまで穏やかな表情をしていたハイジェイドの笑顔が固まり、眉が下がってそのまま俯いてしまった。


「え、もしかしてみんなもう天に召されたの………?」


可能性はある。期間的にはそんなに長く過ごした訳では無いが旅に同行してくれていたみんなは既にモヤもかなり落ち着いており、実はそろそろかなとは思っていたのだ。流石にお別れを言えなかったのは寂しいが本来天に召される事はおめでたい事であり出来れば笑顔で見送ってあげたかった。そんな事を考えていれば俯いていた顔を上げたハイジェイドは相変わらず硬い表情のままゆっくりと話す。


「ティナ、君が倒れた後の話をしてもいいかな」


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