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虐げられた少女は今日も唄う  作者: 小望月 白
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気高き女王


【side:ハイジェイド】


彼女が死んだ。僕の目の前で。僕の腕の中で。もしそれが天寿を全うした穏やかな物だったのならどんなに良かっただろう。しかし、現実は残酷だ。もしも本当に神という物が存在するのならば問い質したい。


一体、ティナ(彼女)が何をしたというのか


と。


「ティナ…………」


口から血を吐き、あっという間に死んでしまったティナ。全てを知っている訳ではないが彼女の幼少期は酷い物だったのだと本人や昔森で共に暮らしていた幻姿の人々から聞いた。だから、これからはせめて今まで与えられなかった分の愛情や安らぎを感じられる様な暮らしをして欲しいと望んでいたのに。自分勝手なエゴかもしれないが彼女には幸せになって貰いたいと望んでいたのに。なのに結果はどうだ。妖精の国の王である自分と再会する事によってティナはまた理不尽な理由によって罵られ、心身共に傷付けられ、そして命まで無くしてしまった。自分と関わらなければこんな事には無らなかっただろう。


ーー僕が殺したも同然じゃないか………!


ぎゅっと抱きしめた彼女の亡骸はまだ暖かく、口元の血が無ければただ穏やかに眠っているかの様にも見える。しかしその心臓が動き出す事はもう無い。


「ごめん、ティナ………」


謝ったくらいでは許されないのは分かっているが口に出さずにはいられなかった。


ーー守るって、約束したのに


のろのろと顔を上げるとそこには見たくもない顔があった。


「ローザン………」


それは、この森に淀を撒き散らした義弟の名だった。そしてローザンは抑えつけられて悔しげだった表情をこちらを見て一変させた。口元をにやりと歪め、愉快そうでたまらないといった風に笑う。


「はっ………ははは!おいおいなんだよその顔は!お前を殺してやろうとしたのをそこの邪魔な女のせいでしくじったと思っていたがお前からすればそいつを殺される方がよっぽど堪えたらしいなぁ!なんだ。結果的に俺は賭けに勝ったって訳だ」

「っ!」


そうだ。その通りだ。ティナは自分にとって何物にも代えがたい1番大切な人だった。それこそ、自分の命なんかよりもずっと。あの死の森と呼ばれる優しい場所で過ごした日々から、会えなくなってもただひたすらに彼女だけを愛していた。昔一度だけ聞かせた契約の森の話に興味を示して「見てみたい」と言った彼女に森を見せたくて。何より彼女に会いたくて。どうせこの国から出る事が叶わない身なのならば彼女を招く事が出来るくらいの地位に就いてやろうと命懸けで王位争いをした結果がこれだ。悔しいが義弟(ローザン)の言う通りティナよりも大切な物などありはしなかったのに。


「はは、あははははは!」


そして目の前の義弟はその淡い蒼眼を昏く光らせ、狂った様に笑い出す。途端、その身体にじわりじわりと黒く火傷の様な物が浮かび上がり全身に広がったかと思えば義弟の身体はあっけなく燃え尽きた灰の様にボロボロと崩れていった。大方、自分の命と引き換えに呪具の作成でもしたのだろうが別にどうでも良かった。義弟が生きようが死のうがティナは帰ってこない。もう、自分には何も無い。


ーーいっそのこと、死んでしまいたい


そんな事をすればきっとティナは怒って殴りかかってくるか、もっと悪ければ口も聞いてくれないかもしれない。しかし彼女のいない世界でこれからあと何百年、下手をすれば何千年と続くこの人生を乗り越えて行ける気がしない。もしかすると、自分の父親もこんな気持ちだったのかもしれない。


ーーきっとそうなのだろう


幼い頃から互いを思いやり、どんな時でも共に過ごす仲の良い両親を見てきた。ローザンの母親である側妃と父の間に何があったかは知らないが彼女はローザンを産んで暫くすると狂死した。王妃である母は彼女の死を悼んだが父の目にはいついかなる時も母しか映っていなかった。今思えば側妃はそういうところが耐えられなかったのかもしれない。


そしてある日母が急死し、父も後を追う様にして死んだ。それこそ『次期国王にはハイジェイドを指名する』という言葉だけ(・・)を残して。結果、碌な手続きをひとつもせずに全て放り出して母の元へと旅立った父のお陰で王位争いは激化し多くの犠牲が支払われた。もううんざりだ。ここで私が命を投げ出せばあの時の父と同じになってしまうだろう。命懸けで私を助けたティナの死すら無駄にしてしまう。それでも、もうこんな世界に生き続けるのが辛い。


ーーティナ………


もう完全に冷え切ってしまった彼女を離すことが出来ずに抱き抱えていると、突如背後からゾッとするほど冷たい声が聞こえた。


「ちょっと、さっさとそこを退きなさいこの無能が」


振り返ったそこに立っていたのは温度のない声とは裏腹に燃える様な赤いドレスを纏った赤い髪と瞳を持つ鮮烈な女だった。確か名前が、


「アイリット、だったか……」

「お前に名を呼ぶ事は許していなくてよ、この能無し」


ピシャリと言い放った彼女の言葉に思わず周りの妖精達がザワリと騒ぎ出すが片手を上げて制す。彼女を始めとする幻姿達をティナが心から大切にしているのは身を持って知っていた。アイリットの後ろに見える後の4人も含め危害は与えたくない。


「それで、何だ?」


ティナの亡骸を抱えたまま話すのが気に入らないのか、アイリットは胸の下で腕を組み蔑んだ目でこちらを見下ろした。


「お前、もう少しましな男に見えていたのだけれど。どうやら私の見込み違いだった様ね」

「……何が言いたい」

「お前のあの子に対する気持ちはそんな物だったのかと聞いているのよ。そんな所に蹲ってただ亡骸を抱えて。それで何になるというの?お前、まさかとは思うけれど死のうとなんてしていないわよね?あの子が命懸けで助けたその命をあっさりと捨てようとなんてしていないわよね?」


しかし、何も言い返せなかった。彼女にもこの気持ちが伝わったのだろう。大きな溜息……では無く舌打ちが聞こえてきたかと思えば「本当、こんなののどこが良かったのかしら」と苛立ちを隠さず寧ろ全面に押し出した言葉が聞こえて来た。


「私達の実体が無い事に心から感謝する事ね。でないとお前、今頃そのお綺麗な顔の原型が無くなっていてよ」


物騒な台詞を吐いた彼女はそのままチラリと背後に佇む他の幻姿達を一瞥すると直ぐにこちらを向いてフンと勝気に鼻を鳴らす。


「お前、何を犠牲にしてでももう一度あの子に会う気概はお有り?」


呆然とするこちらを気にする事無く彼女は悠然とした足取りで動かぬティナに近付きその顔を覗き込む。そして見たことも無い程優しい表情で微笑むと一度だけするりとティナの頭を撫でる様な手の動きをした。実際、幻姿である彼女はティナの頭に触れる事は出来ていないのだがそれでもその瞳は自愛に満ちており思わず息を飲んでただ、見守った。


「さ、じゃあ。始めるわよ」


スッと立ち上がりそう言った彼女の顔にはもう先程の様な穏やかさは無く、今までにも見た勝気な表情があるだけだった。しかし今の彼女にはそれに加え何処か女王の様にも見える気高さがあった。



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