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第八話 お互い様

 並走したままのRX‐7とインテグラは、双方全く進路を譲らなかった。緩やかな右コーナーからS字に繋がる左コーナーは奥へ行く程に曲率が高く、これ以上の並走を許しはしない。

 通常に考えれば、何百回、何千回と走り込んで来んでクリッピングポイントを熟知している酒井の方に、分が有って然りだが、悠人がインテグラの速度に合わせアクセル開度を維持している事で、酒井には迷いが生じる。

「退く気ゼロか。このまま行けば、SAはガードレールを突き破って転落……む無しっ」

 酒井の目には明らかにオーバースピードであった。悠人との競り合いを降りてほんの少しアクセルを緩める。車体一つ分RX‐7が先行した形になり、イン側にスペースが出来た。

「来たっ!」

 追って悠人も若干の減速。待ち侘びた瞬間であった。集中力が増し、時にすれば数秒の事がとても長く感じられた、右コーナーの攻防。左コーナーへの侵入と同時に、悠人の思惑通りに酒井が動いた為、大きな進展を見せる。

 直ぐ様ステアリングを切り、イン側のスペースに飛び込む。すると、リアタイヤがグリップを失い、RX‐7はその鼻先を山肌をコンクリートで固められた法面のりめんの方へと向けた。

 声にも出せない焦りが、酒井の喉もとまで込み上げて来た。今、目の前に見えるRX‐7は、明らかにスピン状態に陥っているのだ。

 まずいっ、私がSAに突っ込むか、それより先にSAがガードレールにぶっ飛んで行くかだっ。

 そう直感した酒井の目の前には、惨状が広がる筈だった。運転技術の高い者程、危険を察知する能力にも優れ、対処、つまりこの場合は減速に対する初動が早かった。それでも酒井は、衝突は免れないと覚悟した。

 しかし、二台はあっけなくコーナーを抜けて行く。

「……有り得ないな…………」

 酒井が全てを理解した時には、二台ともが次のストレートを立ち上がっていた。

「極端なアングルを付けてのドリフト……旧車には旧車なりの走り方か。コイツを相手にしていると心臓に悪いな」

 悠人が十分な減速をせずにコーナーに進入した為、酒井の目にはRX‐7がスピンした様に見えたが、その実、コーナー進入直前から車体の向きを変え始めており、悠人が意図したのは極度に角度の深いドリフト走行を行う事であった。

 現代の車種に比べて、昭和五十年代前半までに生産された車種においては、制動力も安定性も劣っていた。それを補うテクニックとして、ドリフト時の路面との抵抗をも減速する力に利用する走行が実用されていたのである。

「ごめん、おじさん!無茶は今回だけだからっ」

 自分にそう言い聞かせながら、次のコーナーを目指す悠人。とは言え、結局は曲芸的な走行となり、無駄も多かった。酒井を押さえ込みはしたものの、ピッタリと後ろに付いて来られている。

 出口が見えてから踏みっぱなしにすれば、ターボラグを抑えられる分、離せると思ったのに……やっぱり、付け焼刃って言うやつかな……ナナ。

 悠人としては反省の多いコーナリングであったが、酒井の悠人に対する評価は大きく変わっていた。

「まったく、たった一週間と言う期間で、どうしてあれだけの事が出来る?素人としてはあまりにも無茶だが、私が退く事を確信しての攻めであったならば、私もそれなりの決心を持って臨まねばならない」

 峠の巧者を驚嘆させるだけの悠人の所業は、酒井の心にある種のスイッチを入れさせたと言える。本心、あの頃を懐かしむお遊びのつもりで受けたゲームであった。上手くすれば、怜奈に近づくきっかけになるとも。それが、本気で勝負しなければならない相手だと悟ったのは、その後幾つかのコーナーを抜けた頃であった。

「やはり、まぐれではないな。徐々にペースを上げてきている」

 相変わらずのテールトゥノーズ。決して、速度的には抜かせない事は無い。しかし、登って道幅の狭い区間に入って以来、こちらが抜きに掛かろうとするとドリフト走行をするRX‐7は、ことごとくオーバーテイクの機会を奪う。

「確かに、ドリフトでは速く走れない。タイヤやブレーキが進化した現代においては、それが通説だ。しかし、彼は、極力速度を殺さず、こちらの車幅分を空けないギリギリのアングル。一発目の派手で危ういスライドとは違い、今度は明らかに抜かせない為のコンパクトなドリフト…………あぁっ!なんていやらしい性格なんだっ!!」

 頭を押さえ込まれている様なストレスに苛立ちを抑えきれず、思わず叫ぶ。直ぐに大声を出す人間は見苦しいと思うが、叫んで冷静になれるなら、プライドやポリシーなどは取るに足らない物だ。

「その後はナナの戦略通りで上手く行っているけれど……なんか、自分が凄く嫌なヤツになって行く気がするのは何故だろう……?」

 その頃、麓では携帯電話機のテレビ電話機能を使って、遠藤が勝負の行方を追っていた。

「遠藤さん、次の中継。中腹に居るメンバーからテレ電が着信しましたよ」

「そうか、貸せ」

 他のメンバーから携帯電話を受け取って、画面をまじまじと見つめる。

「でも、良いんですか?暗くてあんまり分からないと思いますけれど……」

 それでも良い。先程の悠人のスタートの良さをかんがみると、少しでも経過を知っておきたい。雌豹の弟がどれ程のものか。当然、酒井黒インテの圧倒的勝利は火を見るより明らか。いや、そうでなくてはいけない。遠藤はそう信じて疑わない。

《遠藤さん、来ました!!》

 携帯電話の向こうからの声と共に、二つのエンジン音が刻むリズムが聞こえてくる。

「来たな……な、にっ?」

 遠藤は、目を見開いたまま固まってしまった。

「……遠藤さん?」

「ん?あ、はっ、あ、おい、ちょっ、これ、どう言う事だ?何か酒井さんの車にトラブルでも起きたのか!?」

 暗く狭い液晶画面の中で、四つの光の塊が大きくなって来たかと思うと、一瞬にして横切って消える。そして、赤い灯火だけが残像になったかと思うと、それも直ぐに消えてしまった。

 どんなに暗くとも画質が悪くとも、あのリトラクタブルヘッドライト独特の光軸が先行しているのが判った。

 SAが前じゃねえかっ……。

 遠藤は、携帯電話を貸してくれたメンバーに掴み掛かり、どういうことかと凄んだ。

「え?いや、分かりませんよ、俺達だってっ」

 戦略的にわざと後ろについたのか?いや、だとしても、素人相手にそんな戦略なんてものを持ち込まされる事自体が異常なのだ。

 まさか、前半にこんな……。くそっ、下の方から全部のコーナーに立たせておくべきだったっ。

 相変わらずの調子で、RX‐7が前、直ぐ後ろをインテグラが追う。この先、中腹からは勾配のきつい所が集中しており、そんな中でR(曲率半径)の小さいヘアピンカーブでは、極度の減速を強いられ再加速で駆動輪のタイヤが悲鳴を上げる。こと、前輪駆動車は操舵と駆動の双方を同一輪が担う為、磨耗が速い。先ゆきの事を考えると、ここでタイヤを酷使する訳にはいかない。

 ここまで押さえ込まれ続けるとは考えもしなかったが、実際、雌豹の弟……悠人は速い。私の見立てでは、あのSAも二六〇馬力弱。スタビリティ的にこちらが優位でも、駆動方式の差は有る。しかし、君がそれだけリアを流してくれるのなら……。

「あのヘアピンこそがその時だっ」

 酒井は、戦略が頭の中で成立すると、実行するタイミングを逃さぬ様、RX‐7の動きに細心の注意を払う。

「君は知っているか?そのドリフト走行を、初めて行なったと言われる人物を」

 RX‐7のナンバー灯を真正面に見ながら、追走を続ける。

「タツィオ・ジョルジオ・ヌヴォラーリ、約七十年前に全盛を誇ったイタリアのレーサーだ」

 接近し過ぎず、いつでも行動に抜きに掛かる事の出来る距離を保つ。

「嘘か誠か、彼にはミッレ・ミリアの伝説と言うものが有る」

 残り数百メートル。次のコーナーを抜ければ、その後は急勾配のヘアピンは直ぐそこだ。

「正直、こんなに楽しませてくれるとは思いもしなかった」

 酒井はステアリングコラムのレバーに手を遣り、笑みを浮かべる。

 さぁ、行かせて貰うっ!

「ん?コーナーを抜けたらインテグラが居なく……まさか、酒井さんに限ってコースアウトなんて……?」

 悠人は、ルームミラーに移っていた後続車のヘッドライトを突然見失い、慌ててドアに移設された両サイドのミラーも確認するが、やはり見当たらない。おかしい。音は聴こえる気がするのに。

「あの酒井さんに限って、有る訳無いとは思うけれど……次のヘアピンを抜けても追って来なかったら、様子を見に戻ろう……」

 マシントラブルなどで減速したのなら兎も角、もしもの事があればまずい。悠人の思考は後方に向いてしまい、集中力を欠いた状態でヘアピンカーブに入る。

 …………!?

 悠人は、右ウィンドウの外に、有り得ない筈の気配を感じた。

「いつの間にアウト側にっ!?」

 インテグラは、RX‐7が走行するすぐ横を抜け、ホイルスピンを起こさないギリギリ、極限のアクセル開度でヘアピンコーナー出口を立ち上がる。

「抜かれ……た……?」

 アウトインアウトで抜ける筈だった出口のアウト側を塞がれた事で、アクセルオンが遅れ、後輪駆動でありながらコーナーの脱出速度で負けてしまった。

「やはり成功したか。あまり、こういった小手先のテクニックは好きではないが、今回はお互い様だ」

 ヌヴォラーリのミッレ・ミリアの伝説、それは『ヘッドライトを消してのオーバーテイク』である。夜間走行において、ヘッドライトを消灯する事で自車の存在を隠し、行く手を阻まれずに先行車を抜き去った。マスコミの誇張とも言われるが、彼の偉大さを表す上で欠かす事の出来ないエピソードとして、今でも語り継がれているのである。

「悪く思わないでくれたまえ。これでも君の走りに敬意を表したつもりだ。そして、君が抜かれる危険を感じた時にしか流さないと確信したからこそ出来た。そして、ここからは今までの様にはいかないっ」

 前後の状況から事の真相を把握した悠人は唖然とし、また、恐怖すら覚えた。

「駄目だっ、離されるっ」

 多分、読まれた。タイヤを温存したい考えで、コンパクトに、そして必要な時だけ、そう言う意図が。それを無灯火走行で突いて来た。民家はおろか、街灯すら無いこの暗闇の峠道を。自分が相手にしているのは、そういうとんでもない事を平然とやってのける相手なのだ。

「もう駄目なのかな……もしかしたらちょっとはましな勝負になるかも知れないと思えて来てたのにっ」

 ゴールまでの行程も中盤に差し掛かり、この時点での逆転劇は悠人の心にはあまりにもダメージの大きい出来事となってしまった。

「悔……しいっ…………ち……たい……勝ち……たい…………勝ちたいっ!!」

 ゴンッ、ゴンッ!

 精一杯アクセルを踏んでいるのに、益々遠くなって行くインテグラのテールランプ。悔しさのあまり、ステアリングに八つ当たりをする。手が痛いが、今はそれ以上に悔しさで胸がどうにかなってしまいそうだ。

「ちょっとぉ、もう、痛いなぁ」

 会えなかったこの数時間が、とても永く感じた。

「ナナ!?」

 途端、悠人の声が弾む。

「本当の勝負、始めるわよっ」

「え?」

 ナナは、突然車内に現れると、助手席に座ってこちらを真剣に見つめている。走行中できちんと向き合えはしないが、その視線は分かる。

「だって、勝ちたいんでしょう?」

 ナナの言葉は、問いの様でそうでなく、強い想いが込められているのが分かる。まだ勝てると。

 本作をご覧頂けましたこと、心より御礼申し上げます。


 本作は、作者はオンライン小説について初心者であり、お見苦しく感じられる記述も多々あると存じます。


 よって、本作に対し寄せられるコメントは、誹謗中傷や個人的な理想の押し付け(『提案』は有り難く存じます)を除き、実現性の可否は兎も角、アドバイスとして真摯に受け止めるべきと心得ております。


 以上のことから、本作の世界観がより熟成される為にも、ご覧下さいました皆様からのお声を賜りたく、宜しくお願い申し上げます。

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