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第七話 赤い灯火

 白いSA22C型RX‐7と黒いDC2型インテグラタイプRが、ブイ・フィロソファースのメンバーに誘導され、車体の先端を揃えて並べられる。遠藤のコイントスにより、悠人のRX‐7は一つ目のコーナーに対しイン側となる右車線、酒井のインテグラはアウト側となる左車線に配置された。

 車両の配置が完了したところで、酒井が運転席の窓を開け、手振りで悠人にもそれを要求した。悠人はシートベルトを外し助手席側に大きく身を乗り出すと、レギュレーターハンドルをせっせと回す。

「な、なんでしょうか?」

 この車にはパワーウィンドウが無いんですから……。

 内心ぼやいてしまう。こういう時ばかりは、旧型車種である事を思い知らされる。

「今夜は、彼女は一緒でないのか?」

 酒井は不思議そうな面持ちで尋ねた。

「カノジョ?あ、あぁ、ナナの事ですか?彼女なら……多分、来ないと思います」

 これを言葉にして言わされてみると、より一層落ち込んでしまう。

「そうか、残念だな。雌豹……いや、怜奈君と私のバトルは、常に彼女に見守られて来た。今夜の、この運命的な一戦も是非見届けて欲しかったものだ」

 そう言いきると、再びウィンドウを閉めてしまった。

 あ、自分の言いたい事だけ言って閉めちゃった……。

 別に、何か言い返したい事が有った訳ではないのだが、彼の一方的な行いに振り回されている気がしてならない。もっとも、こちらも突然の勝負を申し入れた身、感謝こそしても、恨み言を言える立場でもない。

 やむを得ず、こちらもウィンドウを閉め、改めてシートに背を沈める。悠人の溜息ともとれる深呼吸と、シートベルトとバックルの繋がる音とが重なり、それが引き金であったかの様に車内の空気が一変張りつめたものになった。

 遠藤が両者の前方に立ち、悠人を睨み付けて言う。こちらは窓越しにも聞こえる大きな声だ。

「おいっ、雌豹の弟。このやまは、たまに猫やらいたちやら、獣が飛び出して来やがる。てめえのアネキみたいに、それ庇って死ぬ様な真似するなよ。それ観るこっちの方が後味悪いからな」

 彼なりの優しさか?要は「死ぬんじゃないぞ」と、言ってくれているのだが、何か引っ掛かる。

「あ、はいっ…………ん?」

 悠人は、その意外な言葉が腑に落ちない様子であったが、思索を遮ったのは秒読みの声であった。

「用意は良いか!?」

遠藤の声に、両者がパッシングで答え、アクセルを小刻みに煽ってタイミングを測っている。それを確認した遠藤が両手を突き出し、両手の五本指を振って注目を促した。

 そうだ、今は考えるな……。

 ロータリーエンジンのそれと、自分の鼓動が重なるくらいの緊張感。心臓が高速回転している様に思えるが、どうにか意識をRX−7から伝わる感触に集中させる悠人。

「ファーイブッ!」

 ナナ、今日まで有り難う……。

「フォーッ!」

意気地が無くて怒らせてしまったけれど、

「スリーッ!」

大丈夫、

「トゥーッ!」

精一杯、

「ワァンッ!」

走るから……。

「ゴォォォーッ!」

 遠藤が五本の指を折り終えて両手を振り下ろすと同時に、ギャッ。そう、短いスキール音を夜空に響かせて、二台が一斉に飛び出した。微かに残されるゴムの焦げた匂いが、涼しい風に流されて消えてゆく。その向こうで横一線に遠ざかる赤い灯火ともしびが、甲高いエンジンの音とは対比的に、儚さを醸していた。

「懐かしいよな、この風景……」

「あぁ、昔は年中、あのテールが並んでかっ飛んでってたよな。今夜のリーダー、久しぶりに楽しそうでさ……」

 ブイ・フィロソファーズの幾人かは、そんな事を頭に浮かべていたが、ここ最近走り出した様な若い走り屋達は、無邪気な歓声を上げる。

「やっぱ、三敷の黒インテはスゲーッ!」

 前輪駆動車は、構造上宿命的に静止状態からのスタートで不利とされる。加速時には、車体前方が浮き上がろうとして、駆動力が前輪から効率的に路面へと伝達されないからである。

 しかし、酒井のインテグラは、車両の調整と運転技術が絶妙で、不利を感じさせない好スタートをきった。

「雌豹の弟、なかなかやりやがるな」

 観戦する者の中で、遠藤だけは悠人のスタートの方を高く評価した。

 酒井さんの全力スタートに、並んで行きやがった……。本当に走り始めて一週間のガキか?

 二台は、数百メートルの平坦なストレートを、最大の加速度で駆け抜け、その先に在る登りながらの緩やかな右コーナーへと、並走したまま飛び込んでゆく。

「ふむ。これは、なかなか……」

 酒井の口から感嘆の声が漏れる。遠藤同様、自分のスタートに付いて来られた悠人に、素直に関心した。

「さぁ、この次はどう来る?」

 ギリギリまでブレーキを踏まずに堪える悠人。この緩やかな右コーナーの次は、複合気味のきつい左コーナー、そして、その後に待つのは少し長めのストレートである。

「ここが一つ目のポイント。後のストレートで差が出るっ……でも、どうするっ?」

 折角の好スタートで並んだのだから、ここで酒井を前には出したくはない。しかし、ナナとのシミュレーションでは、後追い状態での想定が基本だった。今、この瞬間に結論を出さねばならない。

 後のストレートでの立ち上がりを優先するなら、早めのブレーキ。前輪駆動車に対し加速に分が有る後輪駆動車のRX‐7、セオリー通り、今は抜かせてストレートでの加速で抜き返すか。

「駄目だ、あの人をただのFF乗りだなんて思ってはいけないんだ……」

 緩やかな右コーナーとは言え、微妙なアクセルワークのみで車体の姿勢を維持し、インテグラとの並走を続けている。初めて体験する峠での駆け引きは、あまりにもハイレベルで、気の遠くなる様な集中力を要求して来る。

「まだ退かない?無茶だ!意地張ってあっという間に自爆する気か!?これだから初心者はっ!!」

 RX‐7は、手練れの駆るインテグラと同等の速度を維持したまま、右から左旋回へと変化する地点へと踏み入った。

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