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第四話 友の視点

 今日の校舎は、普段とは違いざわついていた。まだ、ホームルームの時間だと言うのに、生徒達は落ち着きが無く、あちこちの教室で教師の大声が飛び交っている。

「ほら、皆っ!静かになさい。まだ終わってないわよ!!」

 特段不良生徒の多い学校という訳では無いが、生徒達にとっては、心躍る特別な日なのである。悠人の教室でも、お喋りやよそ見をする生徒が絶えず、担任の教師が女ながらの高い声で、叫んでいた。

「なぁ、悠人っ。この後、ファミレス付き合えよ!俺、バイト代入ったからおごるっ、な?」

 後ろの席に座っている浩介こうすけが身を乗り出して、小声で話しかけて来た。悠人は教壇の方を向いたまま、更に小声で答える。

「ごめん。気持ちは嬉しいけど、今日は用事があるんだ。……それより、先生がこっち睨んでるよ」

 浩介は、納得がいかなかった。

 いつもなら、悠人が家に真っ直ぐ帰る気持ちも解かる。養子――と言っても、実の父母との繋がりである姓を変えさせてはかわいそうだという配慮から養子縁組はされていない――の身で、少しでも恩返しをしようと工場の手伝いをする為だし、養父母に負担をかけまいと、進学の際に特待生となれる様、勉学も両立している。親友として、そんな悠人を尊敬し、誇らしくも思う。試験前には勉強を教えて貰った。だから、解かるからこそ、いつもなら遊びに誘ったりしないのだ。

 だが、今日は違う。一学期の終業式で、まだ十二時前だ。昼食を食べに行くくらいの時間が無いものか。「生真面目に工場の手伝いと学業に励んでいる姿は、返って養父母を傷付けるかも知れない」とたしなめた事も有るが、なかなか変わらない。本人にそのつもりが無くても、姉との二人暮しの頃に身に着けてしまった悪癖らしい。自分は高校に入ってからの友人で、その頃の悠人を知らないが、苦労をして来たのだろうと思う。……駄目だ。悠人の過去に思いを馳せるといつも、目頭が熱くなる。

「こらっ、鈴木浩介!その不真面目な体勢で何をべそかいてる!?私の話がそんなに感動的だったかっ!!」

「うゎっ、スンマセン!!」

 教師に一喝され、クラス中から笑われてしまった。連帯責任と認識したのか、悠人も身をすぼめた。だが、教師の声が効いたのか、クラスの生徒達は直ぐに静かになった。

「明日から夏休みと言うことで、開放的な気持ちになる人も多いとは思いますが、進学、就職の進路に係わらず、くれぐれも、己の本分を忘れない様にして下さい。特に、今日までに車の免許を取った人、或いはこの夏に取る人は、あちこち乗り回して、切符切られたり、人様に迷惑を掛ける事の無い様、気を付けてね!」

 教師の話はもっともだった。悠人にしてみれば、自分の事を言われている様で気まずい。あれから毎日、三敷峠へ通い走り込んでいる。特待生を目指しここまで頑張って来た悠人にとって、日々の『練習』と言う名の暴走行為は、危ない橋以外の何物でも無い。事故も怖いが、一度でも警察に補導されれば、これまでの勤勉は無駄になってしまう。だが、今はどうしても走らなければならない理由が有る。

 そう、思案していると、窓際の男子生徒達が再びざわつき始めた。

「……あの女誰だ?ほら、あのサングラスの」

「うわっ、スカート短けーっ」

 男子生徒達の騒動に、教師もその方向を見遣る。もう少しで下校時刻と言う事も有り、校門付近には向かえの父兄達が待つ車が数台見えるが、その中でも一際目立つ、白いスポーツーカーとその傍らに立つ女。

 窓際より一列内側の席に座る悠人は、窓際の生徒達が見せる反応に不安がよぎり、自分も腰を少し上げて皆の見る方に目を向けた。

 うわっ、何でこんな所にっ!?そもそも、どうしてナナとセブンが両方実体化しているんだっ?

 悠人の不安は的中、そこに居たのはナナだった。こちらに気付いたのか、サングラスを取り、手を振っている。

 悠人は、腕を交差して『バツ』を作ったり、手の甲を振って追い払う素振りを見せて、どうにかナナを帰そうとした。あのスタイルの良い身体と派手な服。そんなナナへ自分が歩み寄って共に学校を後にしようものなら、変な噂が広まり恥ずかしくて二学期に登校出来ない。

「えっ?悠人の迎え?」

 だが、そんな思慮は徒労、いや、逆効果だった。悠人のナナへの身体を使ったサインは、明らかに不自然な行動であり、注目を集めたのだった。

「もしかして、悠人のカノジョ!?どこであんなイイオンナ捕まえたんだっ?」

「えっ?ちょっと、違うよっ。そんなんじゃないってっ!」

 もっぱら、男子生徒は羨望の声を上げ、女子生徒はそんな男子生徒達に呆れ無視している。

 へぇ、そういう事かぁ。真面目なだけの子かと思ったら、なかなかやるじゃない。

 教師は、悠人の真面目過ぎる性格を憂いていた為、恋人が居るということは喜ばしく思った。しかし、高校三年生のこの大事な時期に、彼の素行に悪影響が出ないとも限らない。

「よしっ、皆、これで終わりにしますっ。『礼』も省略、帰って良し!」

 どっ、と歓声が沸き起こり、生徒達はカバンを持って一斉に席を立った。

「おっと、速水悠人!この夏、あなたは特に気を付けなさいっ。初心者はハマり易いのよっ、クルマもオンナも」

 帰り際、悠人以外の生徒達は大爆笑だった。なかなか、機知に富む話だが、悠人は顔を真っ赤にして教室を駆け出た。

 そっか、そういう事か。それなら良かった。親友として祝福するぜ。でも……親友よりもオンナを選ぶとは………羨まし過ぎる。

 羨みながらも、悠人を笑顔で送り出す浩介であった。

「ちょっと、ナナ!どうして来たのさ!?それに、さっき、両方実体化してたじゃないかっ?」

 人生で最も速く走る事が出来たのではないかと思う程の身のこなしで、悠人はRX‐7に乗り込み、一目散に走り出した。

「だってぇ、今日は早く終わるって言ってたからぁ。早く会いたかったのぉぉぉっ」

 甘えた声で答えながら、悠人の太ももの辺りに指を這わす。

 『早く会いたかった』など、悠人をからかう事が趣味みたいなナナの言葉だ。悠人には、まるで信じる事が出来ない。脚に触れるナナの手を払うと、「疑わしい」と言わんばかりの目付きで、ちらりと助手席を見る。

「もうっ、本当なのにっ!……それに、今日が練習出来る最後の日よ。工場の仕事だって、今日は源さんが居ないから無いんでしょう?折角明るい内から時間が出来たんだから、このまま三敷峠へ行って走り込むのよ」

「うん。おじさんが商工会の集まりで居ないから、工場の仕事は無いけれど……そっか。だから、抜け出せたのか」

 疑問にも思っていなかった事に気付いた。

「でも、この時間じゃ流石に危ないよっ。旧道とは言っても、少しは一般車が走っている筈」

 先程の教師の話もあり、悠人としては受け入れられない提案だった。

「安全運転でも、それなりの練習が出来るのよ」

 ナナは、諭す様に優しく答えた。

「あ、でも、おじさんが居ない時こそ、工場を掃除したり、工具の整備をしておこうと……」「そういう甘えないで頑張り過ぎるところ、源さん達を傷付けているんじゃない?」

 悠人は、自ら誰かに甘えようとはしない。だが、それは源一郎夫妻にとっては残酷な事だ。いっそわがままをを言ってくれた方がどれだけ嬉しいか。いつ、家族になる事が出来るのか。

 そう言われれば反す言葉も無い。浩介にも幾度と無く言われて来た話だ。その場はもっともだと思うのだが、これが中々上手く実行出来ない。そうだ、こういう事から一つひとつだ。今日はナナの言葉に従おう。だが、それはそれとして、まだ疑問が残る。

「じゃぁ、もう一つ。どうしてさっき、ナナとセブン両方実体化出来ていたの?車外に居たのに」

「別に、車と離れ離れになれないだけだから。さっき、セブンに寄り掛かっていたでしょう?」

 それだけの事らしい。

「あ……そう…………」

 また一つ、付喪神ナナの事を知った一学期最後の日。そして、約束の夜を控えた金曜日。

 あ、だったら浩介と食事に行きたかったな……。

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