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第一話 姉の面影

【ファンタジーです】


 この物語は、ファンタジーです。登場する人物や組織は、その名称に実在の商号・商標等を用いる場合(主に下記に確認されたマツダ株式会社様のもの)も含み、全て架空のものです。


【商標等について】


 作中に登場するマツダ株式会社様の商標等は、以下の点に留意して使用されています。


●誹謗、中傷等、マツダ製品のイメージダウンに繋がる使い方は行わない。


●本サイトとマツダ株式会社様とに特別な関係(資本提携、業務提携等)があるように誤解を与えるような記載及び使い方は行わない。


●作中に、マツダ株式会社様の製品名称等を使用させて頂く事に対し、マツダ株式会社様が特段異議を唱える事はない。


●本作品の出版による収入等、何らかの利益を得るものであっても、マツダ株式会社様の利益を害するものでない限り、マツダ株式会社様が異議を唱える事はない。


 以上のことを確認させて頂いた上で、本作品の執筆活動は行われております。本サイトは、マツダ株式会社様の承認を得たものではないことをご理解下さい。


 『マツダ株式会社お客様相談室』様の懇切丁寧かつ寛大なご対応に、心からお礼申し上げます。


【お願い】


 更新はかなりのスローペースになると思いますが、気長に読んで下さる方は、是非応援の評価コメント下さい(笑)。

「やっと……この日が来たよ――――姉さん」

 薄暗く狭いガレージ。上げかけのシャッターに片手を添えたまま、悠人ゆうとは立ち尽くしていた。見詰める先には、白いスポーツカーが一台きり、ひっそりと置かれている。

 どこか古めかしく、それでいて低く構えた流線形が新鮮にも感じられるそれは、真夏の夕陽を浴びて、手入れの行き届いたボディを紅く輝かせていた。

「おぅ、ゆうちゃん。やっとこ、そいつに乗れんだなぁ。今まで、良く頑張ったな」

 作業着姿の中年男性が、背後から話しかけた。このガレージを含む小さな自動車屋、カジモータースの主人、梶源一郎かじげんいちろうだ。

「あ、おじさん――本当に有難う御座います。この七年、ずっと僕とこいつの面倒を見てくれて……」

 悠人は、軽い背伸びでシャッターを上げきって、源一郎の方へ向き直ると、深々と頭を下げた。

「水臭せえこと言うもんじゃない。ウチには子供がいないからな、俺もカミさんも嬉しかったんだ。それに、良く働いてくれたしなっ」

 悠人が両親を亡くしたのは、小学校に上がったばかりの頃だった。あまり裕福でない家庭ではあったが、両親は朗らかで、十二程年上の優しい姉もおり、それなりに幸せだった。

 姉は、家の生活と、自分の趣味――或いは夢と言えるもの――の為に、高校を出てすぐに働き始めた。そして、自分の為に遣いたかっただろうに、初任給からの二ヶ月分で、「新婚旅行」と称して両親に海外旅行をプレゼントした。結婚式も披露宴も挙げていなかった両親がとても嬉しそうな顔をしていた様子が、今でも鮮明に思い出される。

 だが、それは悲劇へのチケットであったと言えるかも知れない。

 両親の出かけた南の島が、その地域では稀な大地震に見舞われた。津波で多くの死者が出て、世界的なニュースになった。そして、テレビのアナウンサーが読み上げる邦人の死亡者の中に、両親の名前も有った。

 それからと言うもの、姉は昼の仕事と時折の夜のアルバイトで生計を立てて悠人を養い、悠人もまた、幼いながら家事の一切をこなし、姉を助けた。姉は、一緒に過ごす時間が少ないなりにも優しく接してくれ、返って、その「両親の分まで愛情を注がなければ」と無理をしている様子が、悠人の胸には痛かった。自分が旅行をプレゼントしたせいで両親が亡くなったと、自分を責めている節が有ったからだ。

 だが、それすらも長くは続かなかった。姉も悠人が十一歳の時、交通事故で亡くなったのだ。以来、姉と親交の有った梶夫妻が、悠人を引き取り育てた。

「ううん、本当は、おじさんとおばさんにもっと恩返しがしたかったんだけれど……この車だって、僕が乗れる様になるまで整備して貰ったし。これからも、頑張って工場こうば手伝うね」

 感謝の気持ちを伝えたくて、精一杯の笑顔を見せた。

「まったく……他人行儀な言い方するなぁ。ゆうちゃんらしいと言えば、らしいけれどな。……まっ、その、なんだ、ウチはゆうちゃんが居てくれて楽しかったしな、そのSAだって、ゆうちゃんにとっちゃ怜奈れなの形見みたいな物だからな、放っておく事は出来なかった。それだけの話だ。大体、俺はパーツを用意してやっただけで、手入れはゆうちゃんが全部自分でして来たじゃねえか」

 昭和五十五年式のサバンナRX‐7。まだ東洋工業の社名だった頃のマツダが製造した、ロータリーエンジンと言う特殊なエンジンを搭載した車種だ。車に詳しい者は、そのSA22C型という型式からSAと呼ぶ事が多い。

 この車の所有が姉、怜奈、唯一の贅沢だった。源一郎の話では、姉は、エンジンが壊れ廃車待ちであったこの車体を、高校一年生の時にアルバイトをした収入で安く買ったのだと言う。それを、源一郎の助けを借りながら、高校在学の内に直してしまったらしい。

「兎に角、浮かれて事故ったりするなよ。知っての通り、ただでさえテールハッピーなSAなのに、こいつは怜奈の意向で13Bにターボのまま換装してある。ラフに踏めばすぐにケツがぶっ飛んでくから無茶は禁物だぞ」

 13Bは、SA型よりも新しいRX‐7に搭載されたロータリーエンジンで、標準の12Aエンジンよりも高出力である。小型、軽量なSA型RX‐7にとっては、身に余る力で、走行時に制御し難い性質となる。まして、運転初心者の悠人には、尚更のじゃじゃ馬に感じられる筈だ。

「うん、気を付けるね……」

 源一郎に面倒をかけたくなかった悠人は、仮免許を手にした後も教習以外で公道に出る事はしなかった。今まさに、初めてこの車を運転しようとしている訳だ。

「……もっとも、事故で家族を失う苦しみなら、ゆうちゃんは良ぉく知っている筈だ。大丈夫だとは思うが……兎に角、気を付けて楽しんで来な」

 そう言うと、源一郎は工場へ戻って行った。

「……有り難う、おじさん」

 悠人は、向こうへ行く源一郎の背中へ、再び深々と頭を下げた。

 また、しばし一人でRX‐7と向き合う悠人。今は亡き姉、怜奈への思慕が胸を締め付けるが、同時に、彼女が愛したこの車のハンドルを、これからは自分が握って行くと言う事への希望がない交ぜになり、何とも複雑な心境だ。

「……よしっ」

 意を決して、車に歩み寄る。悠人にとって、この車のハンドルを握ると言うことは、怜奈の死と向き合うと言う事でもある。

 ガチャリと音を立てて、そっとドアを開ける。怜奈が気に入って付けていたコロンの淡く甘い香りが、七年経った今でも、残っている様な気がしてならない。

「姉さん、いつもこうしてたっけ……」

 助手席から見ていた怜奈の仕草を真似てみる。キーを差し込み、クラッチペダルを踏み込む。緩く握った左手の小指側でシフトノブをコンッコンッとノックして、ギアがニュートラルにある事を確認してから、キーを捻ってセルモーターを回した。そして、アクセルを小さく煽る。その後、機関の回転数が落ち着くと、――バッ、バッ、バッ――と、ロータリーエンジン独特のアイドリング音がリズムを刻み始めた。

「久しぶりにお前を連れ出してやるのが、姉さんじゃなくてゴメンな。でも、これからは僕が大切にするから…………」

 寂しげな笑みを浮かべ、もたれ掛かる様にしてハンドルに額を押し付ける。怜奈との思い出が頭の中に浮かんでは消えた。それにつれて、遣る瀬の無い感情が込み上げて、両の目頭の間に集まって来る。その感情は悠人のまぶたを溢れ、ひと滴の涙をステアリングコラムに落とした。

 途端、悠人はおかしな感覚に襲われる。身体が座席という支えを失ったかと思うと浮遊感が訪れ、ゆっくりと降りてゆく。驚いて辺りを見回すと、自分を内包していた筈の車体がたちまち色を失い、車外が透けて見えた。

「な、何っ?」

 尻にざらついたガレージの床の感触を感じた次の瞬間、今度は自分の身体を柔らかな感触が包み込んだ。

「これまでだって、とっても大切にしてくれたじゃない……」

 襟元へ絡み付く細い腕。頬に感じる吐息は、明らかに人間のそれだった。

「……!?」

 RX‐7が消えたのと入れ替わりに、そこに現れたのは女だった。あまりの事に気が動転した悠人は、女を突き放し飛び退いた。

「あんっ、あんまり乱暴にしないでよぉ」

 軽い尻餅をついた女は、ついた尻にまつわり付く埃をはたきながら立ち上がる。西日を背に受けたその姿は、悠人の目には黒いシルエットに見えた。

「……姉さん…………?」

 目映まばゆさに目を細めた悠人には、女の白い着衣だけが印象深く見えた。それは、怜奈がたまの休日に好んで着ていた、ボディーコンシャスなワンピースの内の一着だった。

「この姿で会うのは初めてかしら……?」

 女は、長い黒髪をかき上げると、ファッションモデル宜しくポーズをとって見せた。

「『ナナ』よ。これからも大切にしてねっ」

 そう言いながらウインクをすると、女は嬉しそうに悠人を見詰めた。

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