第1話 来訪者出現
お待たせしました・・・
鋼の森の中を一台の車が進んで行く。
鈍色の樹の間からは千年以上増改築されていない我が国を王城を覗くことが出来る。
国の重要人物が集まる定例会議。
いや、今回は”定例”ではないが。
国王からの突然の招集。
対脅威対策機関の理事長を務めている私ですら全く予測がつかない。
対脅威対策機関、三百年前の大厄災と呼ばれる鎧の出現。
当時の世界人口が八割鋼の樹へ変えられ、その鎧を私の先祖が倒した事で、私の一族が理事長に就く事になった国防研究機関である。
私は城下町の関門所を通ると車を停め真っ直ぐ王城へ向かう。
会議室の様な部屋に通されると国王が私の席に対面する形で座っていた。
「ダルグドール候。そこに座りたまえ」
「お言葉ですが陛下。他の諸侯の姿が見えないのは何か理由あっての事でしょうか」
「あぁ。今回は辺境伯としての君では無く、対脅威対策機関の理事長としての君に用があって呼んだのだ」
「と、なると・・・奴らですか」
「そうだ。今までは小競り合い程度ですんでいたのだが、先日防衛に当たっていた一個小隊が壊滅した」
「なんですと?」
「これは奴らなりの宣戦布告ととって間違い無いだろう。そして、ムーリャピ教司教からだ」
国王が差し出した封書を受け取る。
封を切ると聖職者らしい綺麗な文字でこう書いてあった。
『対脅威対策機関理事長殿
先日神から八の外界から来訪者が現れると啓示を受けましたので報告させていただきます。
現れると思わしきは対脅威対策機関八階、大講堂。何卒、備えを万全にした状態で来訪者達をお迎えいただきますようよろしくお願い致します。 ムーリャピ教司教 ザネル=ハイドリヒ』
「また啓示ですか?」
「あぁ。怖い程当たる啓示だ」
ムーリャピ教の啓示は記録されている限り外れた事が無い。
並の宗教がこの文書を送り付けてきても戯言として切り捨てられるが、何せ相手はムーリャピ教。
無視をするのは危険だ。
「君はどうだと思うかね?」
「お迎えする手配をします」
「分かった。結果は次の定例会議で報告するように」
「了解しました」
私は来訪者の出現に向け準備する事となった。
「・・・なので、夏季休暇は有意義に過ごす様に」
緊急招集の翌日。私は対脅威対策機関の施設に併設された学院の一学期終業式に参加していた。
しかし、そこで話を大人しく聞いている将来有望な子供達の事は私の頭に無く、頭にあったのは訪問者の存在だ。
目的はなんだ?
こちらへ要求は?
一体どんな人物なのか?
そうこうしているうちに終業式は終わって行き、結論も結局出なかった。
朝出勤し、理事長室へ入ると私は視界に一枚の手紙を捉える。
封を切ると、予想通り中身はザネル司教からの啓示のようだった。
『来訪者出現は五日後です。どうぞお忘れなきよう』
五日後・・・これはまた急な日程だ。
それまでに出来うる限りの事はしよう。
まぁ。こちらもただ祝うだけで済ますつもりは無いがな。
五日とは短くもあり長くも感じる不思議な日数だと私は思う。
人数が分からないが為に来訪者達の居住スペースとして施設外に広がる街中に戸建てを用意し、こちらの利になるように何パターンもの筋書きを想定する。
その他諸々の準備も済ませ迎えた来訪者出現だ。準備に携わった部下達も心做しか達成感に浸る良い顔をしていた。
現在深夜十一時五十八分。
司教からは明日現れるとしか聞いていない為、恐らくこれから待っているのは休めと言えど休まない部下達とこれから最長二十四時間ここで耐えるしか無い地獄だろう。
・・・どれだけ経ったのか。
手元の時計を確認すると、現在午前十一時半。
既に力尽きた部下達は柱に寄りかかり、まだ意識を保っている部下達もどこか草臥れていて、講堂の教会地味た内装と合わせるとさながら命を代償に行う儀式の後の様にも見える。
「くそっ。あの司教今度会ったらタダじゃ済まさんぞ・・・っ!」
私があのおなざりなクソ啓示をしたクソ司教とそのクソ女神に苛立っていると、扉の向こうから良い匂いがしてきた。
「皆さん~お疲れ様です。お食事をお持ちしました」
あれは・・・学生寮の食事係だったか。
彼女は手押し車から鍋を取り出し、草臥れた部下達にスープをよそい始める。
「皆さんお疲れでしょうから温かいポトフをお持ちしました」
あぁ。彼女は天使か・・・
「君、名前は?」
「エリス=ワンドです」
「そうか。君は学生寮の食事係だろう。これで寮長に臨時報酬を出して貰いなさい」
私は彼女にメモを渡すが、それは彼女によって拒まれた。
「報酬を頂けるのであれば嬉しい限りですが、出来ればそのお金は子供達の活動予算に当てては下さいませんか?」
彼女はなんて優しいんだろう。
「分かった。君の様な優しい職員は組織にとって財産だ。これからも仕事に励んでくれたまえ」
「お褒めに預かり光栄です。理事長」
彼女の微笑みは魅力的で疲れた私は思わず抱き着いてしまっていたのかもしれない。
彼女の左手の薬指に指輪など嵌っていなければ。
・・・つくづくこの世は無情である。
正午。
腹を満たした部下達はだらけ切り、かく言う私の心もまだ来ないだろうという謎の余裕で満ちていた。
ゴーン。ゴーン。ゴーン・・・
突如響き渡る鐘の音。
ここが他の街なら特に気にする事でも無いのだろうが、ここでは違う。
まずこの施設やその周囲には鐘は設置されていない。
「総員っ!これは予兆だっ!皿を隠し、整列して胸を張れっ!決して来訪者達に醜態を晒すなっ!」
「「「はっ!」」」
部下達が急いで整列している影でせっせと皿を回収するエリスさん・・・可愛い。
やがて、講堂の中央が光始めた。
その光は徐々に大きくなり、爆ぜる。
「「「「えっ!うわっ!」」」」
爆風は物理的な衝撃となって、部下達を倒し、床を抉り、壁の修飾を剥がした。
その跡から現れたのは十六の様々な姿をした少年少女。
「あぁ・・・・」
私はこの訳の分からない状況に白目をむいた。
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来訪者出現と同時刻。
方や、鈍色の森で。
方や、人知れぬ地下で。
二つの意識が目を覚ます。