第二十九話 おパンツが心を開くとき(後編)
──ピコンッ。
『今日、池照くんとランチ行くんでしょ〜。場所と時間決まったらきっちり報告すること』
それは、玄関で靴を履いている時だった。
まさにこれから、部活へ出かけようとしている時に送られてきた。
差出人はまどか先輩。
よからぬ企みが垣間見える内容だった。
でもそうか。すっかり忘れていた。そういえば今日、ヨシオに誘われてたんだ……。
「どしたのお兄?」
「あぁ、うん。その、今日はお昼をヨシオと食べる約束してたの忘れてて……」
「そっかそっか。りょーかいだよ」
「……いや、断る! ヨシオはまた今度」
「どして?」
「だって、海乃がお昼作ってくれるって言うから……」
そうだ。こんなチャンスは二度とない。
昨日流した涙の効果はいつ切れるかわからない。
朝ごはんを作ってくれて見送ってくれるだけでも奇跡なのに、その上お昼ご飯まで一緒に食べようと言ってくれた。
この機会を逃すわけにはいかない!
拳をグッと握り気合を入れると海乃はなにかに気付いたような顔をした。
「あー、そういうことね。お兄勘違いしてるよ? 別に今日だけのつもりで言ったわけじゃないから。明日も明後日も、この先ずっと。一緒に住んでるうちは一緒にご飯食べよ?」
なんだって?
そんなことが……ありえるのか?
……あぁ、なるほど。ずいぶんとリアルな夢だな。危うく気付かないところだった。
頬をつねってみる。……痛いな。
けどきっとこれは気のせい。両手でつねってみよう。
……痛ッ‼︎ …………現実ッ‼︎
「なにしてるの?」
「うん。夢でも見ているのかと思って……。海乃と毎日一緒にご飯が食べれるなんて信じられなくて」
「……バカ。聞いてるこっちが恥ずかしくなるっての。でもそういう事だから。ヨシオ君との約束を優先させて。これは、そうだなぁ……いもうと命令ってことで!」
少し考えるような素振りを見せるととんでもないことを言い出した。『妹命令』初めて聞く言葉だったけど、僕にとってこれ程までに絶対的拒否権のない言葉はない。
絶対の絶対に……抗えない。
「……うん。わかった」
「ねぇ、そんなあからさまに落ち込まないでよ。どう反応したらいいかわからないし」
「ごめん。本当に夢みたいでさ。たとえ毎日だとしても、その一日を欠かす事が惜しくて……」
明日には気が変わってるかもしれない。
それくらい、今この瞬間は奇跡だった。
「……バカ。シスコン」
「シスコンかもな。海乃の事、ずっと大切に思ってたから。大好きな妹だから!」
「バ、バカ兄‼︎ 早く部活行け!」
そう言うと押し出すように玄関の外へと放り出された……。
あ。余計なこと言ったせいで、行ってらっしゃいチャンスを逃した。
そう思っていたけど、玄関のドアは閉まっておらず、海乃はドアから顔だけ出してこちらを見ていた。
「えーと。夕方には帰ってくる?」
「夕方と言わずすぐ帰ってくる!」
即答だった。
「そういうのはいいから。……そしたらさ、夕飯の買い物一緒に行こ。お兄はカゴ当番ってことで!」
「行く! 絶対行く!」
海乃と二人でお買い物。近所のスーパーだけど、二人で行くなんて初めてだ!
そうして“行ってらっしゃい”を言われ部活へと向かった。
まだ朝だと言うのに、早く夕方になれー! という気持ちでいっぱいだった。
……うーん。なにか忘れてるような。気がしなくも、ない。
ま。いっか! どーでも!




