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第二十六話 ソノおパンツは全てを知っていた(終)


「ねえ、どうして黙るの? 花火大会。一緒に行きたいんだけど。……嫌?」


 それは初めて見る心音の切な顔だった。

 突然なにを言い出してるんだよ! と、茶化せる雰囲気ではない。

 

 嫌かどうかと聞かれれば、心音とお出かけするのには抵抗がある。


 それも、何度も行ったことのある花火大会なら尚のこと。


 思い出が、歴史があるからこそ、YESの言葉が出てこない。


 屋台をまわって、遊んで、最後はたこやきを食べながら花火を見るのが恒例だった。


 心音は毎年浴衣を新調してたっけ。一年に一度、その日しか着ないのに。それくらい、花火大会が好きってことだ。


 それに比べ、僕は毎年バスパンだった。


 部活帰りにちょっとそこまで、たこ焼きを食べに行く程度の感覚だったと思う。


 特に断る理由もないし、心音が花火好きなら付き合ってやるか。程度の軽いノリ。


 だからこそ、もう行けない。

 

 見ず知らずの綺麗なお姉さんを隣に連れて歩けるのなら、鼻高々に自慢気になれたかもしれない。


 でも、幼馴染。


 そういう単純な話じゃない。


 だって僕はバスパンだぞ。

 ただでさえ不釣り合いなのに、この上バスパンで行くなど甚だしいにも程がある。


 それなら、バスパンを履かなければいい。


 違う。


 僕と心音の花火大会は、浴衣とバスパンでなければいけないんだ。


 バスパンでひょっこり現れて『よぉ!』と当たり前に声掛けて『もぉ、たまには浴衣くらい着てきなよ』なんて茶化されるのが僕と心音の花火大会なんだ。


 それが突然、まるで僕がおめかしするかのように、浴衣姿で現れたのなら……おかしいと思われるに決まってる。


 バスパンと浴衣。

 それで折り合いが取れていたのに。


 対等……だったはずなのに。



 …………断ろう。今の僕には行ける道理がどこにもない。



「ごめん。その日は用事があるんだ」


「やっぱり、嫌なんだ。コタってほんとわかりやすいよね」

「な、なんだよ突然⁈ 用事があるんだから仕方ないだろ!」


「じゃあその用事、断ってよ」

「そ、それはできない。大切な用事だから」


「用事なんて無いくせに」


「……な」


 言葉に詰まった。


〝なぜ、それを知っている〟と反射的に言いそうになってしまったんだ。


 心音は怒るとか不機嫌とかそういう様子じゃなくて、ただ、悲しそうな顔をしている。


 それが妙で、とても嫌な予感がした。


「ほら、立って。こっち」


 だんまりする僕を見かねたのか、それともこれ以上話しても無駄だと思ったのか、手を引かれ隅にある全身鏡の前へと連れて行かれた。


 見たかった鏡。でも今は──


「っっ?!」


 嫌な予感も吹き飛ぶ、衝撃の姿が鏡に映った。

 そこに映るは、ゆるふわ系ロリ美少女だった。


 これが……僕?

 まさか! 鏡に何か細工してあるに違いない!


 鏡に手を当てしともどしていると、心音の両手が僕の体を包み込んだ。


「毎年一緒に行ってたじゃん。……去年は行ってくれなかったけど。メッセージ送ったのに」


 そう言うと僕の右肩に顔を乗せ、鏡越しに見つめてきた。


 心音と目が合う。

 それは、鏡に映るロリ美少女が僕であることを決定付けた瞬間でもあった。


 この上のないほどの密着感。背中越しに感じる柔らかいもの。


 でも、心音の表情を見ると喜べない。


 体越しに伝わる温度はこんなにも脈を打って温かいのに、どうしてそんな、切なそうな顔してるんだよ。


 ……花火大会、断ったからかな。でも、

 

「だから、今年はちょっと用事があって。行けそうも、ないんだ」


「ねえコタ。その姿なら、女装してれば行けるんじゃないの? 落ち着いて良く考えてみて。……どうかな? ダメ?」


「ダメじゃ……ない、かも」


 分不相応。そう思っていた。

 だけど、女の子の姿なら……対等かもしれない。


 あれ、でもなんで、心音がそれを言うんだ……。

 あ……れ?


「じゃあ約束だよ。でもねコタ。少しづつ、ゆっくりで良いから昔みたいに戻りたいな」


「……う、うん」


 その言葉を聞いておおよそのことを確信した。


 僕は、幼馴染を演じれてなど居なかったんだ。


 ◇

 ふと、昔のことを思い出した。

 色違いのバスパンを履いて、切らした息をはぁはぁしながら男勝りにスポドリを回し飲みしていたあの頃を。あの、真夏の体育館での一コマを。


 それが今は、綺麗なお姉さんとゆるふわ系ロリ美少女。


 いったいどこで、こんなにも掛け違えてしまったのだろう。


 後悔だけが、僕の心に重くのしかかった。


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