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第十八話 ゆらゆら揺れる夏のおパ◯ツ


 まどか先輩曰く、僕は練習前のミーティング中に寝てしまい、そのまま起きなかったらしい。目の下の隈に気付いた良男の判断で保健室に担ぎ込まれたとか。


 月末には試合もある、大切なこの時期に僕は何をしているのだろう。最低だ……。


 重い足取りで体育館に戻ると、ちょうど休憩中で温かく迎えられた。


「おっ、居眠り小僧が戻って来たぞ!」

「まどか先輩に看病されやがって! 触らせろこの野郎!!」

「いや、待て。ナツからまどか先輩の香りがするぞ。ま、まさか?!」


 お決まりの恒例行事。咎めることもせず、普段通りに接してくれた。


 〝パンッパンッ〟


「おいお前ら、病み上がりなんだからあまり小太郎をからかうなよ」


 良男の一声で恒例行事は終了。


「ちっ、池照に言われちゃあ、仕方ない。命拾いしたなナツ!」ポンッ

「どんな看病されたかしっかりレポートにまとめておけよ!」ポンッ

「クッ。ゆっくり嗅ぐことは叶わぬのか」ポンッ


 順番に背中を叩かれ、喝と元気を注入してくれた。


 みんな……ありがとう。


「小太郎、明日部活終わりに飯行くからな。なんかあったら相談しろっていつも言ってるだろ。もう放っとけねーよ。話してくれるまで帰さないから覚悟しとけよ」

「よ、良男……」


 嬉しい気持ちと罪悪感が同時に押し寄せる。

 できることなら放っておいてほしい。そう思うことが、真っ直ぐな良男の気持ちへの裏切りなようにも思えて、罪悪感に拍車をかける。



「そんな顔するな。怒ってるわけじゃないんだぞ。俺とお前の……仲だろ?」

「うん。ありがとう。心配かけてごめんね……」

「謝るなよ。俺はお前のことがただ、心配なだけだ。とりあえず今日は家に帰って爆睡しろ! そんで、プレーで返してくれ!」


「わかった。必ず返す!」

「おう、期待してるぜ!」


 僕たちは笑顔で拳合わせた。

 でも、僕の笑顔は作り物だった。


 どうしよ……。ほんと、どうしよ……。相談なんて、できないよ。


 悩みがまた一つ、増えてしまった瞬間だった。


 ◆


 帰り際、コーチに呼び止められた。

 あまり無理はするな、など事務的な話をされると最後に……、


「すまんな。少し匂いを嗅がせてくれ」

「ええ、どうぞ」


 スンスンスン。


「はぁ。大袈裟な奴らめ」


 残念がるコーチの表情からは、僕にまどか先輩の匂いが大してついていないんだろうなと、察した。


 割と深めのため息で残念がるものだから、申し訳ない気持ちになった。


 まどか先輩の匂い……か。どうにかしてあげたいな。

 コーチにはお世話になってるし。


 ◆◆◆



 駐輪場までの道のり、僕の心は揺らいでいた。


 心音へのメッセージ画面を開く。

 昨晩、朝になるまで押すことのできなかった送信ボタン。メッセージは書き上がっている。


『ごめん心音。もう会えない。もう、会いたくないんだ』


 本心とは真逆の気持ち。会いたくて、会いたくて仕方ないのに、怖かった。幼馴染としての関係が壊れてしまうのが、たまらなく怖かったんだ。


 バツボタンを長押し。削除……削除。消えていく。昨晩、僕の思いを綴った紛い物の文章が。削除……削除。


 消えていくその文字を眺めるうちに、何かが吹っ切れていくのを感じた。


 昨日、洗濯機に屠った自分のパンツをまたもや思い出す。


 良い匂い……したな。洗濯機に屠ったのは勿体なかった。今頃、洗われているのだろうか……。



 気付いたら僕は新たに文章を作成していた。


《今朝、海乃が見送ってくれなかった。起きても来なかったよ。僕はどうしたらいいのかな?》


 文末にクエスチョンマークを付けてしまう。


「はぁ……」スマホを握りしめ自転車置き場に向かう足は重かった。


 どうしよう。家に帰るか、このまま心音の家へ向かうのか。僕は決めかねていた。


 もう、会わないと誓ったはずなのに。さよなら、したはずなのに……。


 ちょうど、自転車に鍵を入れた時だった。

 

 〝ピコンッ〟……来た!!

 

《あー、これは第二局面来ちゃったかもね〜。概ね予想通りかなぁ》


 第二局面?! それよりもすぐに返事が来たことが何よりも……嬉しい。



《どういうこと?!》


 親指は限界を超えて高速タップ。

 最後にクマが驚きの表情をしてるスタンプを二連打!


 ポンッポンッ!


 スマホの画面、割れちゃうかもしれない。


 ……ゴクリ。……既読‼︎


《来ないと教えなぁーい。コタ、ダッシュ!!》



「うわぁァァァァァァァァ」


 僕はダッシュで自転車を漕いだ。


 時速30キロ。もう二度と会わないと誓ったはずなのに。

 漕がずには……いられなかった。


 海乃が朝起きて来なかったことの答えが知りたいのか、

 心音に会う言い訳ができたからなのか。


 自分の気持ちと向き合うことをせず、高鳴る気持ちのまま猛烈にダッシュで自転車を漕ぎまくった。


 ママチャリの限界速度と法定速度の狭間は、まるで揺れ動く僕の心のように曖昧だった。

 

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