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第十四話 さよなら僕のおパンツ


 振り返るとそこに体操着姿の綺麗なお姉さんが居た。


 同い年と言うには大人っぽい容姿のためか、コスプレっぽさすら感じる。

 加えて、体操服のサイズが少し小さく感じるのは胸の成長具合を表してるようで、この一年間の心音の変化の一端を垣間見た気がした。


 ……って、そんなことはどうでもいい‼︎


 状況整理が追いつかないよ?


 どうして僕たちは体育の時間でもないのに体操服着てるの……?


 なにこれ……? 体育祭でも始まるのかな?


 頭の中を疑問符が迸る。

 と、肩に温もりが。二の腕にも温もりが。


「なんかさっ、部活帰りみたいじゃない? ねぇねぇ、懐かしいよねー」

「ソ、ソウダネ……」


 疑問符は一瞬でドキドキに変換された。


 心音が僕の隣に座っちゃったんだ……。


 整理整頓された六畳くらいある部屋。

 他に座る場所はたくさんある。


 のに……僕の隣に座っちゃった……。

 懐かしいと笑顔を振りまきながら。


 座っちゃったよ……。


 心音の高校の体操服に懐かしさなんて微塵もないけど、たぶんそういうことじゃないんだろうな。


「ねぇ、なんで正座なの? 変なのー」

「ソ、ソウダネ……」

 

 ただの正座なら幾分マシだった。

 体が硬直してピシッとなってしまってる。


 今まで隣に座るだけでドキドキする事なんてなかった。

 自転車で後ろから抱きつかれたり、おはようと肩に抱きつかれたり、手を引いたり、触れたり。


 抱き枕程度の距離感。隣に居るのは日常だったんだ。


 なのにこのドキドキ。


 あれもこれも全て、ありふれた思い出のはずなのに思い出すととてつもなく恥ずかしくなる。


 隣に座る綺麗なお姉さんと昔は……。


 肘をクイッと動かせば簡単に触れられる。

 たぶん、昔は意識してないだけで胸にも触れまくっていた。


 当時は抱かなかった感情。

 思い出にまでやましい気持ちが入り込んでくる。


 あんなことやこんなこと。ボディタッチ、プロレスごっこ。


 プロレス……ごっこ。


「ねぇ、コタ! 聞いてるの? ねぇ〜」

「ご、ごめん。……キイテナカッタ」


 僕をおちょくるように「ねぇねぇ」とほっぺをツンツンしてくる。


 これには覚えがある。“やめろー”とやり返すと“やったなー”と、ゴングが鳴る。


 ──そう、プロレスごっこが始まる。


 ここは堪えるしかない。

 今の心音とプロレスごっこなんてしたら精神が持たない。


 嫌がらない僕を不思議そうに、何かを探るようにひとしきりツンツンすると、首を傾げツンツンする指が止まった。


「もしかして、ほっぺたツンツンされるの好きなの? ……ほっぺたツンツンフェチ? うーん、語呂が悪いなぁ」


「そ、そんなわけあるか!!」

「またまたぁ〜。いいよ。もっとツンツンしてあげる!」



 ズレていた。僕と心音の気持ちはズレまくっていた。

 この空間には男女の恋心とか思春期を生きる男子高校生のやましい気持ちとか、まとめて全部、存在しないことになってる。


 だから、何をしても着地点がズレる。



 ──その後、着替えが乾くまで、僕はほっぺたを弄ばれた。


 ツンツンツンツン。ツンッ!


 ◆◆◆


 着替えも済ませ、玄関で靴を履いていた。

 僕はようやく帰路につくことができる。


 精一杯、幼馴染を演じたけど……これはもう無理だ。

 ここに来るのは今日で最後。僕が抱くえっちぃ気持ちを知ったら、心音が悲しむのはわかり切ってるのだから。


 もう二度と会わない。変わらぬ思い出だけをいつまでも心の中に。きっと、これが正解なんだ。お互いに。



「ねぇ、明日も部活あるの?」

「あるけど……」


 やばい。これはお誘いの予感。

 

「じゃあ、明日()お風呂沸かして待ってるね。コタの好きな熱々な湯加減で!」


「……明日も?」

「うん。明日もだよ! だからコタは汗とか気にせずダッシュで来ること!」


 それは、何を隠すわけでもなく笑顔で放たれた。

 いや、もうそんなことはどうでもいい。これで最後なんだから。……いい。


「明日は……ちょっと用事が──」

「はいはい。じゃあ、そういうことだからっ! また明日ね!」

「あ、あー、ちょっと心音?!」


 “バタンッ”


 背中をグイグイっと押され、あっという間に玄関の外へ。断る隙を与えてくれなかった。


 なにやってんだよ僕。


 あとで、メッセージで断ろう。


 ◆◆◆


 家に着くと僕は脱衣所で自分のパンツをクンクンした。

 もう、二度と嗅ぐのことない心音の香りを……クンクンしまくった。


 そして、さよなら心音。洗濯機にパンツを屠った。


 これでいいんだ。これがある限り、僕はきっと明日も明後日も嗅いでしまうから。これっきり。今日が最後。


 気持ちが揺らぐ前に。


 “バタンッ”洗濯機の蓋を閉めた。


 …………バイバイ心音。僕のパンツ。



 ◆◆◆


 そうして翌朝。

 リビングに海乃が顔を出すことはなかった。


 夏休みに入ってから初めてのことだった。

 

 僕は、取り返しのつかないことをしてしまったのかもしれない。


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