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第一話 ソノおパンツは幻か


「お兄〜、まだ行かないのー?」


 夏休みにも慣れ始めた七月の終わり。僕、夏海 小太郎(なつうみ こたろう)は朝から部活に行くため準備をしていた。


 同じ空気に居たくないと言わんばかりに急かしてくるこの子は妹の海乃(うみの)。夏休みに入ってからというもの、部活のある日は毎朝こんな感じだ。


 短パンにTシャツとラフな部屋着でソファーに寝っ転がりスマホをポチポチ。リビングに咲く一輪の華。自慢の妹だ。


 しかし、夏休みだというのに早起き。そして僕を一秒でも早く追い出そうとする様。この後、彼氏でも連れ込むのだろうか。兄としては切なさを擽る。そんな朝のひととき。


「洗い物はわたしがやっとくからいいよー。食べ終わったらお兄は早く家出る支度しなよー」


 そう言うとくるりと仰向けになり、またスマホをぽちぽち。


「おう! いつも悪いな。ありがとう」

「そういうのいいから。喋る暇あるなら早く食べてー」


 急いで朝食のコーンフレークを口の中へ運び、足早にリビングを去る。


 早食いにも慣れてきた。ゲホッゲホッ。


 夏休み前までは会話なんて殆ど無かった。けど、夏休みに入ってからは朝に限り会話をするようになった。

 僕を一秒でも早く追い出す為だとわかっていてもホッコリしてしまう。


「あー、お兄ぃ〜!!」


 リビングから僕を呼ぶ声がする。これは定番イベント。ゆっくりと靴紐を結ぶふりをして待機していた。


 バタンッ。タタタタタタッ。

「ほら、まーた水筒忘れてる。大丈夫? 他に忘れ物なーいー?」

「うん。大丈夫。ありがとうな!」


 そう。わざと忘れ物をしたのだ。忘れ物をすると必ず届けてくれるから。


「いってらしゃーい! 気をつけてねっ!」


 この瞬間だけは優しい笑顔。ようやく僕が家から居なくなるから溢れるだけの笑顔とわかってはいるけど、


 嬉しい!! 


 さっ、今日も部活頑張るぜぃ!!


 キィー。バタンッ。


「あれっ、チャリ鍵……あっれ」


 

 ◆──◆


 ガチャン。僕はチャリ鍵を取りに家へと戻った。


 「「…………」」


 時間にして一秒にも満たないと思う。僕と海乃は見つめ合った。そして、視線を右手に落とすと、スッ。その右手はなにやら”如何わしき物”を隠すように後ろへ。


 目を疑った。見間違いと思う他、なかった。


 だってそれは……僕のパンツにしか見えなかったからだ。


 一瞬引きつったような顔を見せた海乃だったが、すぐに普段通りの冷めた視線に変わった。


「なにしに戻ってきたのー?」

「う、うん。自転車の鍵忘れちゃって」


 この空気はやばい。さっさと鍵を取ってこの場を去ろうと靴を脱いだその時、


「あー、いいよ。私が取ってきてあげるから。お兄はそこで待ってて。どこにあるの?」

「あ、ありがとう。たぶんリビングのテーブルかな」


 そこから動くなと圧力を掛けられた……気がした。


 おかしい。ここまで状況が揃うと……やっぱり裏に隠したそれは……僕のパンツ?!


 たぶん、眉間にシワを寄せて海乃の下半身を見ていたんだと思う。視線の先は裏に隠した物を見ていただけなのだけれども……


「えー、なに? キモいんだけど。お兄ってさぁ、たまにわたしのこと、ヤラシイ目で見てくるよね。やめてくれないかなー」

「ご、ごめん。そんなつもりは……ないんだ」

「はぁ。こういうこと、言わせないでよ。できることなら言いたくないからさー。お兄も男の子だから仕方ないと思うし」

「これからは、気をつけるね。ごめん」


 決して見ていたわけじゃないんだ。でも、そこに視線を移すと必然的に太ももをガン見してるようになってしまう。兄としてあるまじき視線。



 海乃は僕のほうを向いたまま、リビングへ行くため足を一歩後ろへ。二歩、三歩と後退させた。まるであとずさるように。

 振り返ってしまえばその右手のものが露見するからだろうか。あまりにも不自然過ぎる。


 さすがに不自然だと気付いたのか、立ち止まり両手を後ろでもぞもぞし出した。


 そしてくるり。何も無いけど? と言わんばかりに海乃は僕に背を向けた。


 その姿は明らかにおかしかった。何がおかしいって短パンがプックリと膨らんでいるんだ。何かをお尻に入れたことは一目瞭然。


 ドクンッ。言うべきか言わぬべきか。


 “ヤラシイ目でみてくるよねー”


 つい先ほど海乃に言われた言葉が脳裏を過ぎる。


 い、言えない……。ぼ、僕は何も見てない。そうだ何も見てない。これは幻だ! うん。まぼろし!


 もう、そういうことにして自分を誤魔化すしかなかった。プラシーボ。プラシーボ。プラシー……。


 

 そうして、何事もなかったかのように自転車の鍵を渡されると、


「じゃあ、早く行って。目障りなの。お願い消えて」


 と、蔑んだ視線と冷めた声色で言われてしまった。


 キィィー、ガチャン。ガチャガチャガチャンッ。


 僕が玄関から出ると秒速で鍵が閉められた。加えてキーチェーンも。


 やってしまった。何をやってしまったのか。そんなことはもう忘れたことにした。とにかくやってしまったんだ。


 せっかく、最近仲良くなれたと思ってたのに……。

 


「はぁ。パンツ行くか」


 っっ?! 待て待て待て待て待て! 行くのは部活。パンツじゃない。でもなんで? どうしてパンツって言い間違えた?



 …………そうだよパンツだよ。”おパンツ”だよ……。


 さ、さ、さ、さっき、海乃が手に持ってたの僕のパンツじゃね?


 いやいやいやいや。それは見間違えだって事になったろ。忘れたってことにしたろ?!


 ドクンッ。


 視力1.0。ポジションポイントガード。バスケで極めた洞察眼が怪しいとうねりをあげる。


「おいっ! あれはパンツだ! 僕のおパンツだ!」

「ち、違う……あ、あれは……布! パンツに似た布だ。そう布だ!」

「布? じゃあその布はお前のどこを覆っていた物だ?」

「ふ、腹部……」

「ちがうだろーー!!」


 自問自答を繰り返す。気が付けば僕の頭の中はおパンツでいっぱいになっていた。


 それが、女子のパンツならどれだけ健全だったか。


 こともあろうか自分のパンツで頭がいっぱいだ。


 目を瞑れば見えてくる。おパンツ畑。赤青緑。黒に白。僕が今まで履いてきたおパンツたちが宙を舞い踊っている。17年間歩んできたおパンツロード。その中には思い出とともに黄ばんだパンツも。



「うっ……」


 吐き気が……する。おパンツってなんだっけ?


 僕は考えるのをやめれ……なかった。

 パンツパンツパンツ。頭の中からパンツが消えない。脳内に無限に発生するパンツパンツパンツパンツ。


 パンツ? おパンツ?!



「うわぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 ──パンツってなんですかぁーー?!


 


 僕は全力の立ち漕ぎで自転車に乗った。


 叫ぶ声は風に流れて消えていく。時速30キロメートル。

 叫び声とともに頭の中のパンツも消えてくれと、願うように全速力で自転車を漕ぎ続けた。


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