失せ物探し(5)
暗闇の中に蠢くものがいる。
「どこ?どコ?ドコドコドコドコドコドコ…」
壊れた玩具のように同じセリフを繰り返す。
シャン…
涼しげな音が鳴り、それがこちらを向いた。
「ミィぃぃぃつけたぁぁあああ」
次の瞬間、それは対象物の前に移動していた。
そして、腕を首へと伸ばし、ギリギリと締め上げる。
「かえして。ワタシの。カエシテぇぇええ!」
シャン…
「ダメだよ。彼は、君が探している奴じゃない。
君が無くした物を持っているのは、彼じゃないよ」
ギリギリギリギリ…
爪が首に食い込む。
「思い出して。君は何を無くした?」
ギリギリ…ギリギリ…
「ナにを?」
「そう。何を無くしたの?」
「ナに…ナんだろう…オモいだセない」
「そうだね。君は死んでしまってまだ間もない。記憶が混乱しているんだ」
「シんで…?」
ギリギリ…
「そう。事故でね。大切なものを持っていたんだね。何を無くしたの?」
「かれ…彼からもらったゆびわ」
「そうか。その指輪は、身に着けてなかったの?」
ギリ…
「そう。もらって、もらった帰りで、うれしくて、
お家に帰ってからつけようって思って…」
「その帰りに事故に遭ったんだね」
「車が…車がせまってきて。ぶつかって、」
ギリ…
「最後に見えたものはなに?」
「とおくに落ちた指輪の入った紙袋…あれから探しても見つからなくて…」
「うん。もう大丈夫そうだね。彼を離してあげようか」
女は首から手を離す。
「ごめんなさい…ごめんなさい…アナタは関係なかったのに」
「誰かに言われたの? 彼が持ってるって」
「えぇ…彼が持ってるから取り戻さないと、君は彼氏の元へ帰れないよって。
もう私死んでるのよね。戻れるわけないのに…ごめんなさい」
「あとは、こちらに任せてくれる?」
「えぇ。彼と繋がってると、自分が分からなるから怖いの」
「…彼? 君に嘘を吹き込んだのは男なんだね?」
「えぇ。少し、寂しそうな人…。すごく眠いの…すごく…」
「いいよ。あとは任せてゆっくりおやすみ。指輪は探してあげるから」
女が霧のように散って、消えてしまった。
「もう出てきても大丈夫だよ」
「…その女、どうなったんですか?」
「今は眠ってるよ。呪術師と繋がりを切ったからね」
俺は、設楽先輩が女と対峙している間、先輩の作った結界の中にいて息をひそめていた。
女が俺と思っていたのは、先輩が作った身代わりの依代だったのだ。
「残念なことに、辿る前に相手には逃げられてしまった」
「依頼者を問い詰め…ても無理だろうなぁ」
「だろうね。ただ…」
「ただ?」
「彼女を使役霊として使ってた代償は、どちらに向かうかな?」
「呪術師は腕が立つみたいだから、そう考えると依頼者の所ですよね?」
「依頼者の分も回避する対策を取っていなければ、そうなるだろうね」
「普通に考えて、指輪は遺族に渡されますよね?」
「誰かが現場から持ち去っていなければ、そうだね」
「え゛…まさか、呪術師が持ち去ったとか言いませんよね?」
「う~ん…あまりにも都合が良すぎるから、ないと思うけど
たまたま事故現場に居合わせて、ちょうど良いと思ったら…そして
その呪術師がそういう思考の持ち主だったら、あるかもしれないね」
もうそれサイコじゃん。
「そういや犯人捕まったんですっけ」
「修理に持ち込んだ板金屋からの通報でな」
「なんというか…お粗末な話ですね。さすがに気の毒だな。被害者は」
「そうだな。危険運転で幸せを強引に奪われたのだからな」
「指輪、在りかが分かればいいんですけどね」
「彼女との縁が出来たから、うちの子に探らせるよ」
設楽先輩には、使役している式神がいる。
「お前の神さんに聞けばいいんじゃないか?」
やっとチビ先が動いた。
さっきの設楽先輩のやり取りを見てからずっとトリップ中だったのだ。
この人は、興味を引く怪奇を目の当たりにするとしばらく自分の世界に入って戻ってこない。
「うちの神様は、神無月でお出かけ中」
「嘘くさいな」
設楽先輩はニヤリと笑ってあとはもう、何も言わなかった。