中編(4)
目線の先にあいつがいる。
なんで能天気に笑ってるのよ。
ちょっと前まで追い詰められてたじゃない。
あの日、革紐が切れてから人形が役立たずになった。
ガリガリ…
また爪を噛むクセが出てきちゃったじゃない。
それもこれもあいつのせいよ。
頬の痒みもおさまらないし。
イライラする。
「深井さん」
呼ばれて振り向くと、同じ学科で講義が幾つかかぶっている男性がいた。
「最近また休んでたみたいだけど、大丈夫?」
「あー。うん。大丈夫。ちょっと体調崩しちゃってね」
「なんだか、顔色が悪いけど…。
差し出がましいと思うけど、なにかあったら相談に乗るよ?」
彼は、正直めちゃくちゃ平凡なんだけど
話していると落ち着く雰囲気を持っている。
多分、裏表がなくて本人も穏やかだからだろう。
ふと、魔が差したようにすべてを彼にぶちまけたくなった。
私の話を聞いたら、この穏やかな顔がどんな風に歪むんだろう?
軽蔑されるだろうか。
「あのね…」
「おいそこの平凡メガネの1回生」
横柄な声がした先を見ると、美人で有名な3回生がいた。
「え?僕ですか?」
「お前以外に平凡メガネがいるか?
あぁ。いるか1人。
2人もいて紛らわしいな…うーん」
そのまま考え始めた。
私はあまりの突然の事に展開についていけず呆然としてしまった。
っていうか、普通に名前で呼べばいいんじゃないの?
「ん?お前、なんか変なの憑いてるな?」
先輩は急に私の方に顔を向けてそう言った。
「平凡メガネ、お前の名前は棚上げだ。
まずはこいつからだ」
そう、先輩は言うとスマホを取り出し、電話をかけはじめた。
怒涛の展開すぎて硬直して、そのままポカンと
立ち尽くしてしまった。
「大丈夫だ。よし。じゃあ行くぞ」
そう言うと、先輩はさっさと歩き始めてしまった。
残された私たちは顔を見合わせた。
「え?なに。あれ、着いてこいってこと?」
「う、うん。多分、そういう事なんだと思う…」
「あの先輩と面識あるの?」
「うーん…あると言っていいのかな?
一度だけ話した時にLINの連絡先交換したんだ」
「なにそれ贅沢じゃん笑」
「そう…なのかな?」
先輩の後ろを歩きながらそんなことを話していたら
とあるゼミ室の前に着いた。
「おい。平凡メガネ。お前が開けろ」
「え?なんでですか?」
「いいから。それで、剛力がいたら教えろ」
「え?剛力って誰ですか…」
この先輩、見た目の印象と実際像がちぐはぐだ。
「なぁにやってんスか。ほら、さっさと入りますよ」
突然、他の声が聞こえて誰かが前に割り込んできたと思ったら、
その人物がガチャッと扉を開けてしまった。
美人先輩が「あぁぁ…」と言っているのが聞こえる。
その人物は「モモちゃんせんぱーい」と言いながら入っていった。
私たちが戸惑って部屋の前で突っ立っていたら、
美人先輩が深いため息をついて
「ほら。何やってんだ。行くぞ」
と言いながらグイグイと私たちを押して強引に部屋に入れた。
「あら?お客様?」
部屋にはマッチョでおねぇ言葉の男性と、
めちゃくちゃイケメンがいた。
「先輩が部屋の前でゴソゴソしてたんで」
と、先に入ったメガネをかけた男性が答えた。
あ…もう一人の平凡メガネってこの人のことだわ。
なんていうか、分類が一緒…。
「ちぃちゃん!まぁた逃げようとしてたわね?」
マッチョな男性が笑いながら美人先輩に言った。
別に逃げようとなんて…などとボソボソ言っているけど、
誰の目にも言い訳にしか見えない。
「まぁまぁ、とりあえず座って?飲み物淹れるわね」
マッチョ男性に促されて私たちはソファーに座った。
こういう時、私は居心地悪くて間を持たせようと
色々話すのだけど、なぜだかリラックスして
ぼけっとしてしまった。
隣を見ると、彼もほわんとリラックスしているようだった。
「で?ちぃ、どうしたんだ?」
イケメンが美人先輩に聞いた。
そう、それよ。
なんで私たち知らない先輩のゼミ部屋に連れてこられたのかしら。
それにしても眼福だわ。
「あぁ、そうだ。こいつこのままじゃダメだろう」
そう言って、美人先輩に指を指されてしまった。
イケメンは私を見て
「ふん。なるほどな。
お嬢さん、単刀直入に聞くが、人を呪ったね?」
隣から息を呑んだ音がした。
私は頭の中が真っ白になって何も答えられなかった。
「貴女が何を思って誰を呪ったのかはこの際、どうでも良いが
このままだと貴女は自滅する。それでも良いと思っているのかな?」
イケメンは咎めるでもなく、責めるでもなく、
ただただ淡々と聞いた。
私は心にしまっておいた事を吐露したくなった。
多分、心が限界だったのだと思う。
「はい。呪いました。
彼は…あいつは、私の妹を弄んで捨てたんです。
あいつと妹はバイト先が一緒で、付き合うようになって。
付き合い始めは優しいから、妹はベタ惚れになって…
そうなると、あいつは飽きるんです。
それだけならまだいいんですけど、そこからゲームになるんです。
自分を思ってボロボロになっていく様を見るのが快感みたいで。
妹はまだ立ち直れずにいます。一時は自殺まで考えて…。
大学も学科も同じになって、見ないようにしてたんですけど、
小原さんがあいつと付き合って、その後に同じようにされたのを見たら
妹の事がフラッシュバックして、そしたらもう…」
そこまで言うと、あとはもう嗚咽で何も言えなくなった。
シンとした室内に私の泣き声だけが響く。
「それで、復讐で呪ったのか。なるほどな」
美人先輩が言った。
「はい。どうぞ。落ち着くわよ」
私の前にハーブティーの入ったカップが置かれた。
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少し落ち着いた深井さんがハンカチで涙を拭いている。
僕は展開の早さについていけず、ただただ傍観するのみだった。
深井さんに話しかけた目的は、呪いの事を聞き出すためで、
どうやって聞き出すかと頭を悩ませていたんだけど、
まさかこんな展開になるとは…。
「あの…」
おずおずと手を挙げて発言した。
「なんだ、平凡メガネの1回生」
「先輩、あんた彼にもそんな物言いしてるんスか?」
メガネ先輩が呆れたように言った。
「さっき、先輩が深井さんはこのままじゃまずいって言ってましたけどそれってどういう意味ですか?」
「おそらく、術は途中で失敗したんだろう。
その失敗エネルギーは返ってきてないみたいだが、
彼女自身が人を呪うことで変調をきたしている。
目に見えるものとしては、その頬だな」
イケメンの先輩が代わりに答えてくれた。
深井さんは右頬に酷い湿疹ができていた。
「それ、薬を塗っても治らないだろう?」
「はい…痒くてかゆくて…。
掻かないようにしているんだけど、
眠っている間に掻きむしってしまうみたいで。
薬を塗っても、保湿をしても全然よくならなくて」
「だろうな。それはいわゆる代償だ」
「代償?」
「素人が呪いを成就するには、なにかしらの代償が付いて回る。
それと、どこかで行為自体に罪悪感があると、
その心が負のそれに負けてしまうんだよ。ざっくり言うとね。
人を呪わば穴二つって言うだろう?」
あゆみちゃんも何かしらの代償を払ったんだろうか。
「実は先週、呪い返し?って言うんですか?
それを友達が行いまして。
返ってきた呪いを閉じ込めちゃったんですよ。
お釜に。」
「お釜」
「はい。お釜」
イケメンの先輩が笑い出した。
「発想がユニークだね。一度話してみたいな」
「伝えておきます!」
「それは、先日の女子か?」
美人先輩がそう聞いてきた。
「はい。瑞慶覧まやちゃんと、悠理君っていう双子の姉弟です」
「瑞慶覧?沖縄出身か。へぇ…」
イケメンの先輩が愉快そうにそう言うと
「俺は設楽。3回生で、ここのゼミに属しているよ。よろしくね」
自己紹介をしてくれたので、僕も慌ててした。
「少し落ち着いた?
まぁ。爪もガタガタね。
いっぱい心に溜め込んだのね…」
マッチョな先輩が、深井さんの手を取って自分の手で包み込んだ。
深井さんは、堰を切ったように泣き出した。
「それにしても、胸くそ悪い話ね。
女の子には優しくする主義の私には堪えがたいわ。
彼の業は深いわねぇ…呪いなんか使わなくても、そのうち
同じようにされた女の子たちの念が向かいそうなタイプよね。
今は難しいと思うけど、妹さんはそんな男への思いをさっさと捨てて、幸せな恋をして欲しいわね。」
深井さんは泣きつかれたのか、マッチョ先輩の膝枕で寝ていた。
「モモとハクの癒し効果と、君の増幅効果が効いたかな?」
設楽先輩が僕を見てそう言った。
「え…分かるんですか?」
「分かるも何も、君の増幅機能はすごいからね」
残念ながら僕自身には全然実感がないのだけども、
深井さんに良い効果が出てるならいいや。
「それにしても…また呪術か。なんだか引っかかるな」
「またって、他にもあったんですか?」
「あぁ。数ヶ月前に、彼が呪術に巻き込まれてね」
メガネ先輩が?!
思わずメガネ先輩を見た。
「あ!先輩!それ俺のクッキーっすよ!
ハクにもあげるんだから全部食べないでくださいよ」
「うるさいな。普段、剛力と設楽からお菓子をもらってるじゃないか。
たまには先輩を立てて譲るべきだ」
美人先輩とクッキーの取り合いをしていた。
っていうか、美人先輩の理論むちゃくちゃだよ。
「最近、大学内で体調崩している人多いみたいだしねぇ…。
大学の事務室方ではウィルス性の感染症か何かだと思ってるみたいだわ。
設楽が言ってたじゃない?呪術をやってる人が少なからずいるって。
それと関連してるのかしら?」
「俺はそうだと睨んでるよ。
中には本当の体調不良者や、あとは敏感な人間が当てられたってのもあるだろう」
そ、そんな事もあるんですね…。
「どうすればいいんですかね…僕らには何もできないんでしょうか」
「正直なところ、その中心が分からんからな。
彼女の目が覚めたら聞いてみるさ」
中心…まやちゃん達も言ってたな。
呪いの儀式?をさせるのが目的なんじゃないかって。
同時期に色んな人が人を呪おう!なんて事、まずないもんな。
そもそも、そんな非科学的な事を信じてる人間なんて
大学生ともなればほとんどいないだろうし。




