ホワイトアウト
「さて、世界は無事終わってしまったわけだけれど……。」
永遠に沈まない夕陽。
限りなく減った生物の数。
人間も例外ではなかった。
「ここまで大変だったけど、でも日本の終わりが夕陽で良かったね。」
世界の終わりは、景色が止まる。
まるで静止画の中に、僕たちが取り残されたみたいに。
「今日でちょうど付き合って3ヶ月だね。」
なんてことを彼女は言ってみせる。
世界が終わる日、つまり今日から3ヶ月前、僕は彼女に告白された。
彼女は、「私は一人で絶望なんかしたくない」と言って、僕に交際を求めた。
それを言うことができる彼女のことを、僕は心底強いと思ったし、そんな彼女のことが僕は好きになった。
「やっぱり、誰かと一緒に居られて私は良かったよ。」
「僕もそうだよ。」
何不自由なく相槌を打つ僕に、彼女が突っ掛かる。
「違うよ。君は誰でもいいんだ。たぶん、私じゃなくても。」
「それはたぶん君もでしょ?」
たぶんそうだ、と二人で笑いあって、肩を寄せ合う。
どれだけ待っても夕陽は沈まない。夜も来ない。当然、朝も来ない。
「ねぇ、私たちはどこに生きてたんだろうね。」
突然彼女がそんなことを言い出す。
「どこって、地球?」
「いや、まぁそうなんだけどさ。」
君は考え方が硬いなぁ、と言いながら、立ち上がって僕の前を歩いてみせる。
「そんなにみんな地球の上で生きているなんて感覚持ってないんじゃないかな。地球が元気だった頃、誰かは社会に生きていたかもしれないし、誰かは家族に生きていたかもしれないし、ペットだったり、恋人だったり……。」
「依存先ってこと?」
全然可愛くない!と彼女は僕を叱った。
「依存先っていうか、なんて言うか。例えば、髪の毛が伸びたり、お腹が空いたりすると、自分って生きてるんだなぁって感じたりするじゃない?でもそれって自分の意図しないところで起こっちゃう出来事だから、私にとってはあんまり実感がないんだよね。その分、他の何かからあなたは生きてるんだよって、直接じゃないにしろ言ってもらえると、色々伝わるものがあると思うんだよね。」
「承認欲求みたいなもの?」
本当に可愛くないなぁ。と彼女は下を見ながら笑った。
「ねぇ、私は生きてたのかな。」
まっすぐな瞳でこちらを見つめる彼女がそこにはあった。
「もう自分だけじゃ自信が持てないよ。」
もうすぐこの世界は終わる。夕陽がだんだん色をなくして、世界はホワイトアウトする。
何もかもが、消えて無くなる。
「私は、私が生きてたのか、わからないよ。」
オレンジ色がだんだんと色をなくしていく。
めまぐるしい速度で、僕らを包み込んでいた橙が凶器と化していく。
「私は、君の中に生きていたのかな。」
きっと、誰でもいいんだろう。
自分が自分で居られる場所があればそれでいいのだろう。
それでも。
「僕は、今でも君の隣に居たいと思ってるよ。」
「奇遇だね。私も同じこと考えてた。」
世界の終わりに、二人が生きていた証拠は何一つ残せない。
お互いがお互いに託した思いを頼りに、静かに目を閉じた。