彼女がクラスメイトに嫌われているわけ
一花がわざわざフルネームで言い直したのは、僕が田部由美子という人物がどんな人物なのか覚えていないと思ったことなのだろうが、クラスメイトのほとんどを覚えていない僕にとってはフルネームを聞いたところでわからないものはわからなかった。
それを感じたのか一花は言う。
「私、彼女に嫌われてるの」
それを聞いても僕はあまり驚かなかった。
むしろ彼女の鋭い刃物のような毒舌を考えてみれば、それは自然のことのように感じた。
ただ一つだけ疑問をあげるとするならば、ただ嫌われていると言うだけで若葉一花が援助交際していると言うデマを流すのだろうか?
人間というものに無関心な僕にとってはその感覚は理解しようとしても理解できないことで、そして考えようにも考えることができないものだ。
だからここは素直に一花に聞く。
「そんな理由でわざわざあんなデマを流したっていうのか?」
「えぇそうよ」
と一花はあっさりとそう肯定した。
「田部さんは私を潰したいのよ――私は田部さんにとっての邪魔者なの。どうしてそこまで思われているのかわからないけどね」
「お前が何かしたんじゃないのか?」
「友達を疑うなんて酷い。私、悲しくなっちゃうわ。シクシク」
「露骨に嘘泣きするなよ。頼むから真面目に答えてくれ」
「私は何もしてないわ。私が忘れているだけかもしれないけど」
それは大いに考えられる可能性。被害者が覚えていても、容疑者がまったく覚えていないことはよくある話だ。それが本当か嘘かは別の話として。
「それにしたっていくらなんでも限度を超えるな」
「それが彼女の性格なんでしょ」
そう考えると田部由美子という人物はものすごい執念深いクズ野郎と感じた。蜂上とは別の分類のクズだ。
田部と一花の間に一体何があったのかわからないし、僕の知ったことではない。
しかしこれで田部由美子という人物に疑問はなくなっが、若葉一花には疑問だらけだった。
僕は聞く。
「どうしてそこまでわかっているのにお前はほっといてるんだ?」
「わざわざ否定するのが大変だからよ」
確かに一度出回ってしまったデマは否定しても、そう簡単になくなるわけではない。むしろ今よりももっと酷くなる可能性だってある。
だけどこのままほっといたも危ないような気がした。
「まぁでも、お前がそれでいいなら僕は止めないよ」
てか元からそんな権利ないけど。
「ええ、そうして頂戴。キー君だって面倒ごとはごめんでしょ?」
「まぁね」
「それにあんなデマが流れたおかげで良いこともあるのよ?」
「そうなのか?」
デメリットしかないように思えるけど。
「デマが流れてくれたおかげ人が近づいてこなくなって楽でいいわ」
「……お前がデマを止めないのってそっちが本音なんじゃないのか?」
「あら?バレた?」
「……」
「お前、大人になったら一人で寂しく死にそうだな」
「キー君に言われたくないわ」
「……確かに」
一花は外見だけでいえば男なら思わず目を引かれてしまいそうな美女ではあり将来結婚できそうな感じはあるけれど、容姿が平凡でさらに性格が破滅的な僕はとても将来結婚できそうになかった。むしろ生きているうちに童貞を捨てられるかさえ怪しいところだった。
あー将来、不安だ。来年、受験だってあるし。
僕の将来は真っ暗闇だった。
「私たちが付き合えば、将来一人で寂しく死ぬことはないと思うのだけど?」
「昨日の告白、結婚を前提にしたものだったのか!?」
「あたりまえよ」
マジで。彼女が僕のことを本当に好きなのかどうかはともかく、そこまでの覚悟で告白してきてたとは。なかなか怖い女だった。
僕は深いため息をつく。
なんだか今日は一花に振り回されたせいでいつもよりも疲れたような気がする。それだけ僕は普段、人と関わっていないということなのだろう。
「とりあえず今日はもう帰ろうぜ」
「あら私と一緒に帰りたいの?」
いや、別にそんなこと一言も言ってないけど。
「でも残念だったわね。これから部活があるの」
「あーそうなのか」
確か彼女が入っていたのは水泳部だったか。昼休みでの会話の中で密かにそんなことを言ってたので、かなりうろ覚えだが。
「だから一人で寂しく帰ってくれる?」
「一人で言葉が余計なんだよな。まぁわかったよ。僕は一人で寂しく帰らさせていただきますとも。それじゃまた明日な」
僕はそう言って女子トイレから出ようとすると「ちょっと待ちなさい」と彼女に呼び止められた。
「なんだ?」
「そんなに、そこまで私と一緒に帰りたいて言うなら――」
だからそんなこと一言も言ってないのだが、彼女は続けて言うのだった。
「私の競泳水着姿でも見にくる?」