一花の様子がおかしいわけ
「うん、どうした?」
一花の様子を見て異変に気がついた男は一花にそう聞く。男の装いはサラリーマンぽく黒のスーツを着ていた。顔は老けているがちゃんとした社会人という感じだ。
一花はこの状況がとても不味そうな顔をしていた。
「あぁなるほど……」
すると男はそんな一花を様子と無表情でいる僕を見て何かを察したらしくそう言う。
「彼は一花の……」
「ち、違うのよ、これは。彼はただのクラスメイトで何の関係もないわ」
あまりにもたどたどしい一花。
やはりそうなのか?この男は、噂に聞いていた一花を援助交際相手なのか?でもそれしか考えられないだろう。一花はあの噂について完全否定していたが、だとすればあれは嘘だったとでもいうのだろうか。僕は彼女に騙されていたのか。
僕の心の中に怒りという感情がどんどん溜まっていくのがわかる。今の僕は平静を装うのが精一杯だった。
いや多分、騙されたことに怒っていたわけじゃないだろう。そんなことは最初からわかっていることだ。だとすれば僕は何に対して怒っていたのかと考えた時、きっと彼女にただのクラスメイトと言われたことが嫌だったのだろう。
「なんだよ、ただのクラスメイトて……」
「えっキー君?」
一花は僕の予想外の行動に驚く。
僕は本当は怒鳴りたかった。しかしここはスーパーの店内で周りには買い物をしているお客様がいて、そして僕はここで働いている店員でそういうわけにはいかなかった。
だから僕は出来るだけ怒りを殺して言う。
「お前、僕に告白してきたじゃねーか。あれは一体なんだったんだよ」
「へーあの一花がね。そんなことをするなんて」
すると一花の知らない部分を見た反応をする男。
それがさらに僕の癪に障り「お前は一体、一花のなんなだよ」と思わず聞いていた。
「あぁそうだったね。俺としたことがすっかりわすれていた。確かに自己紹介がまだだったね」
そう言って男はスーツの懐から名刺を取り出し、そして僕に名刺を渡しながら言うのだった。
「どうもはじめまして、一花の兄――一葉と申します」
………………………………………はぁ?今、なんて言った?兄?兄だって?
僕は渡された名刺を見る。会社名や会社の住所の次に『若葉一葉』と確かに書かれていた。
「もう兄様、デッドブルは私が聞くからさきに車に戻っててくださいて言ったじゃないですか」
「いや、他にも荷物あるだろうし重いだろうなて思って……」
「それでわざわざ戻ってきてくれたんですか?相変わらずお兄様は優しいですね。そういうお兄様の優しいところが私は大好きです」
どうやら本当に兄らしい。
なるほどなるほど。なんだー、ただの兄妹だったのか。あーよかった援交相手じゃなくってよかった、よかった。ハッハハハ……あっ死にたい……。
それを知って今まで勘違いをしていた僕は途端に恥ずかしくなる。
いや、でもこればかりは僕は悪くないだろう。悪いのは全部、あまりにも紛らわしすぎるこの兄妹だ。兄妹だというのに全然似ていないし、それに一花のあの反応は明らかに見られたくないものがあるような反応だった。
だから僕は悪くない!!
しかし心の中では理解していても、恥ずかしものはやはり恥ずかしかった。ここが店内でなかったら僕はその場で恥ずかしさのあまりのたうちまわり、俳優の藤原達也さんみたいに「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」と絶叫していたことだろう。
僕は走馬灯のように今までの一連を振り返る。
僕、変なことを言ってなかったか?大丈夫だったか?いや、確実に言ってるな、とんでもないことを言ってるな。あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
「キー君、顔真っ赤だけど大丈夫?」
「えっ!?なに!?なんのこと!?自分の顔見えないからわかんなーい」
「若干、涙目なんだけど本当に平気?」
「平気!!平気だから!それで要件はデッドブルでしたけ!?」
「えぇまぁそうよ。箱で欲しいわ」
「はい、わかりました!!少々お待ちくださいませ!!」
僕は泣きたくなるのを我慢しながらデッドブルがあるのか確認するためにバックヤードに戻る。そして僕はとりあえずあの男が援交相手じゃなかったことに一応は安心するのだった。




