彼女が女子トイレに連れてきたわけ
「ねぇキー君。ちょっといいかしら?」
授業が終わり、さて家に帰ろうとしたところ僕は一花に呼び止めれた。そういえば、昨日もそんな感じで呼び止められて気がする。まぁ昨日はキー君なんて呼ばれ方はされてなかったけど。
そう考えるとたった一日でずいぶんと距離が縮まったような気がする。それがいいことか悪いことなのかわからないけど。
「なんだよ」
「いいから来なさい。話しておきたいことがあるのよ」
そう言って僕の手を掴み強引に引っ張る。初めて女子に手を握られた!なんてことを呑気に思っていると、彼女が連れてきた場所はなんと女子トイレだった。
「いや、まずいだろ!!」
さすがに叫ぶ僕。
「安心してこの女子トイレはあまり使われてないから。私たちの会話を聞かれることはないわ」
いや、そういう問題ではない。
トイレで男女二人きりなんてシチュエーションを万が一にも見られてましたら、僕の高校生は一貫の終わりである。
「誰にも聞かれたくなかったら、昼休みに飯を食べたあの体育館裏でいいだろ」
「君、馬鹿なの?放課後はバスケ部が使ってて話を聞かれちゃうかもしれないじゃない」
そうだった。
「でも、なにも女子トイレに連れてくることはないだろ」
「あら、キー君たら女子トイレに連れてこられただけでなにか変なことで考えてるのかしら。まぁいやらしいこと」
「べ、別にな、何も考えてねぇーよ」
マウントをとならないように強がってみたが、全然マウントを取れてなかったし、この誰かに見られたら勘違いされそうな場面でマウントと言うはいかがなものかと思った。主導権と言い直すべきかもしれなかった。いや、主導権でもダメか?
「ねぇキー君」
そう言って壁ドンしてきた。
ヤバイ。顔が近い、近いすぎる。
「ハイ。な、なんでしょうか?」
「昼休み、蜂上君に何か吹きこまれたでしょ」
僕は壁ドンされた状態のまま黙って頷く。
蜂上ていうのはきっとあのチャラ男のことだろう。一花は小説を読んでいてこちらに気づいていないと思っていたのだがどうやら違ったみたいだ。
「私、耳はいいほうなの。君たちの会話、全部聞こえてたわよ」
「えーと……すいません」
「別に気にしてないわ。で、キー君は私が援助交際をしている根も葉もない嘘を信じているのかしら?」
少しだけ不機嫌そうだった。いや、自分の噂をされていたら不快に思うのは当たり前のことだった。
僕は目を逸らして言う。
「別に信じてはいないさ」
「でも私のことを信じているわけでもないでしょ?」
「……」
「知ってる。君が人間なんてものを信じていないことぐらいは」
人間を信じていない。
それはあまりにも的確な言葉だった。