海原が僕の名前を覚えていたわけ
「私の推理通りだね。やっぱり海原ちゃんはアンタのことが好きだったんだよ」
姉貴は僕が用意した朝食を食べながらそう言った。
昨日、まつりちゃんから海原が好きな相手を聞き出したあと、もっと情報を聞き出そうと思ったが残念ことにちょうど着替え終えた一花と顧問に呼び出された海原が同時に来てしまいそれ以上の情報は聞き出せなかった。しかし海原は僕が水泳部に仮入部したことを大歓迎してくれて少しだけ嬉しかった。一方、一花は僕が水泳部に仮入部することにとても嫌そうにしていた。
そしてその日は何事もなくそのまま家に帰ることになり、姉貴にこのことを話そうと思ったがバイトでいなかったので今朝バイトから帰ってきた姉貴に朝食を用意してあげてこうして昨日あったこと全て話したのだった。
「さすが私。これなら本当に探偵になってもいいかもね」
「いや、まだわからないだろ」
「でも私の可愛い弟よ。名前が普通過ぎて周りから忘れられるのはそう簡単にはいないぜ。きっと世界中探したってそん奴は私たち家族の人間しかいない」
「僕たちの一族は呪われてるのか?」
一体、僕達のご先祖様は過去に何をやらかしたんだよ。人に名前を覚えてもらえない呪いなんてあまりにも重すぎる。
「私たちに将来子供ができたら、その子にはキラキラネームにしてあげるべきかもね。例えば、『探偵』て書いて『ホームズ』て言う名前はどうだろう」
「いや、どうだろうて聞かれても姉貴はそもそも将来結婚できイタタタ!!頬を引っ張らないでくれ!!」
「アンタが失礼なことを言おうとしたからだよ」
そう言って頬を引っ張るのをやめると、ムスッとした。姉貴はどうやら意外なことに自分が将来結婚できるのか気にしているみたいだった。本当に意外だ。
まぁそんなことはどうでもいいこととして推理の続きをしよう。家族なのにどうでもいいと切り捨てるのはあまりにも冷たいような気がするが、しかし姉貴の推理には一つだけ見過ごせない矛盾があるのだった。
「どうして海原は僕の名前を覚えてられたんだよ」
昨日まつりちゃんは海原から自分が好きな人物の名前を教えてもらったと言っていた。他人に自分が好きな人物を教えるなんてあまりにも警戒心が足りなさすぎるが、それはどう考えてもおかしいことだった。
そう何度も言っているように僕は名前が普通過ぎて他人に名前を覚えてもらいないのだ。海原が僕の名前を覚えているなんて普通ならありえないのだった。
なんて思っていると言うと姉貴は言うのだった。
「それは彼女が普通じゃないからだろ?アンタだってそれは分かっているはずだろ?」
「……」
僕は姉貴にそう指摘され思わず黙った。
確かに海原が普通の人間ではないことは知っている。成績は常に学年トップで水泳で全国大会優勝してしまうような奴は普通なんて呼べない。それに幼い頃、彼女と初めてあった時のことを考えるとやはり彼女は例外の分類に入ってしまうのだろう。
「でも海原とプール場で久々に話した時、僕は海原に覚えられてないみたいだったが?それについてはどう説明するんだよ」
「簡単なことさ。それが普通のことだから初対面のフリをしたのさ。それによくよく考えてみな海原ちゃんが、一度振った男の子の名前を忘れるさはずはないだろ?」
「なるほど……て、ちょっと待ってくれ姉貴がどうしてそことを知っている」
「私は可愛い弟のことならなんでも知っているんだよ」
「怖すぎる」
早くこの姉貴から離れなければ。
なんて会話をしているとそろそろ学校に行かなければいけない時間になっていた。僕は学校に行く身支度を適当に済ませ行こうとすると
「そうだった。学校に行く前に一つだけ可愛い弟に聞きたいことがあるんだよ」
と言ってきた。
「若葉ちゃんから告白されてかなり時間が経っているはずなのに情報がいくらなんでも少なすぎる。これでは名探偵である私でも推理するには限界がある。で、その原因が一体なんなのか考えて、そして気づいたんだ。いやまさか私の可愛い弟に限ってそんなことはありえないと思うけど念のために、万が一のために一応聞くよ」
「なんだよ。ずいぶんとまどろっこしいやだな」
「じゃあ聞くよ」
そして姉貴は言う。
「まさか若葉ちゃんと連絡交換していないわけじゃないだろうね」
「……あっ」
していなかった。