雛村がファンサービスするわけ
「なんですか?今日も私の競泳水着姿を見に来たんですか?例え先輩みたいなキモい男でも虜にしてしまう私は罪深いですねー。仕方ないので先輩のためにファンサービスをしてあげましょう」
そう言って雛村はなぜかグラビアがしそうなポーズを次々とし始めた。
僕はそれを見て唖然とする。
こいつ、何してるんだ?
「あれ?可愛いアタシを撮らないんですか?せっかく先輩のためにファンサービスしてあげてるのに」
「いや撮らないし、別に君のファンでもないからね」
不思議にそう言った雛村に僕は即否定する。
なんだろうこの後輩、どことなく一花に似ているような気がする。明確な違いがあるとすれば一花はただの不健全な痴女だが、雛村は清純派アイドルのようだった。つまり性的な意味で言っているのか言っていないかの違い。
「そうですか。ファンサービスして損しました」
雛村は残念そうにポーズをとるのをやめると興味なさげに聞いてくる。
「じゃあ、何しに来たんですか?」
「僕は今日から水泳部に仮入部したんだよ」
「へーそうなんですか」
「……」
「……」
「えっ?会話終わり?質問とかないの?」
「あるわけないじゃないですか。先輩が私のファンじゃないて知って先輩に対して興味をなくしました。今の先輩はただの死んだ魚と同じです」
「誰が死んだ魚だ!」
「そっくりじゃないですか。特に目が」
くそ、この後輩め。僕が少しだけ気にしていることをバッサリ言いやがって。
「まぁでも水泳部に仮入部するってことは水泳部では私が先輩になりますね。じょあよろしくね後輩、あとでジュース買ってきて」
「いきなりタメ口&後輩呼び流石の僕でもイラッとするし、そしてパシらせようとするな」
「ハハ、冗談ですて。こんな冗談が通じないて、先輩ひょっとしてお友達いないでしょ」
「ぐっ…….」
「あれ?その反応、本当にお友達がいないんですか?」
「ほっといてくれ」
「本当に先輩お友達いないんですか?ぼっち先輩なんですか?やーい、ぼっち先輩」
さきほどから馬鹿にしてくる雛村にイラッとくる。本当にうざいなこの後輩。よく、海原はこんな奴に泳ぎ方を教えているよ。
「てか別にもう友達がいないわけじゃないし。最近僕は二人も友達できたぜ」
「最近ですか。そして二人ですか。自慢そうに言ってますが悲しい話ですね」
「別にいいだろ」
これでもかなり増えた方なんだ。
そんな僕を悲しいそうに見つめてくる雛村は言う。
「でもそのお友達も所詮はキモオタなんでしょ?」
「僕は別にオタクじゃねぇーし、そして僕の友達も片っぽはどうかしらないけど別にオタクじゃねーよ。その友達て言うのはまぁ、君の先輩の一花と海原のことだよ」
「へーそうなんですか」
そう言って雛村は驚いた表情で僕のことを見たあと、何か疑問に思ったことがあるようで「あれ?」と首を傾げた。
「若葉先輩とは恋人同士じゃないですか?ほら、一昨日告白じみたことをやってたじゃないですか」
「あれは別に告白していたわけじゃないよ。なんて言うかあれは宣言みたいなものだよ」
「ふーん、そうなんですか。今から思い返すと随分恥ずかしいことをやってましたね先輩」
「それを言うなよ」
恥ずかしくなるのでそのことをできるだけ思い出さないようにしてるんだから。
「まぁつまり一花とはまだ友達て言うことだよ」
「よーくわかりました。でも若葉先輩がどういうつもりで先輩と友達になったのかわかりませんが。まぁでも私、あの人のこと苦手ですからね――どうでもいいです」
「そういえば一花がそんなこと言っていたな」
あれ本当だったんだ。
「海原先輩の方はきっと友達がいない先輩に同情しただけでしょう。あの人はお優しい方ですからね」
「わかってることをズバリ言ってくるなよ」
例えそれが同情だとわかってても僕は普通に嬉しいよ。
「そういえば海原はまだ来ていないみたいだけどどうしたんだ?」
「海原先輩なら水泳部顧問の金槌先生に呼ばれたそうです。きっとあの件のことでしょうね」
あの件が一体なんのことなのか不思議に思ったが、まぁ僕には関係ないことだろう。
僕はプール場を見渡す。
一花はまだ更衣室で競泳水着に着替え中だろうし、海原が来る気配もない。だとすれば今ここで彼女に頼むのがいいかもしれない。
「なぁ雛村」
「……」
「……」
反応がない。ただの屍のようだ。
「あれ無視!?なんで?」
「私、人から苗字で呼ばれるの嫌いなんですよね」
「だからって無視するなよ。いきなり無視されたら傷つくぞ。で、苗字で呼ばれるのが嫌ならなんて呼べばいいんだよ」
「普通にまつりちゃんと呼んでください」
「えーと、ちゃんつけないとダメか?」
「はい、ダメです」
「まじか」
僕は今まで人を呼ぶときに年上に対して『さん』をつけることはあっても『ちゃん』や『君』をつけて呼んだことはなかった。基本、呼び捨てだ。だからまつりちゃんて呼ぶのは少しだけ抵抗があった。だってほら、なんか単純に気持ち悪いじゃん。
「どうしてもか?」
「はいどうしてもです。そう呼んでくれないと先輩よ話を聞きません」
「クッ……」
だとすれば仕方がなかった。僕の頼みを聞いてもらうためにもここは善処するしかなかった。
「あぁわかったよ、まつり……ちゃん」
呼んでみたがやっぱりなんか変な感じだった。違和感がありまくりだった。そして後輩はそんな僕を見てニヤニヤと笑いながら言う。
「いいですよ。その調子でもう一度呼んでみましょう」
「困っている僕を見て遊ぼうとするな。僕は君に頼みたいことがあるんだよ」
「えー何ですか頼みごとて」
それを聞いて露骨に嫌そうな顔したが、僕は構わずに言う。
「一花と海原が友達になれるように協力してくれないか?」
するとまつりちゃんは満面の笑みで言うのだった。
「絶対にいやです」




