僕が耳を拭きたいわけ
改札を出て、僕たちは出口の方に向かって歩いていた。
僕は歩きながら言う。
「まったく誰かに見られたらどうするつもりだったんだよ」
「そんなの別に平気でしょ。周りからはどこからどう見てもどこにでもいる普通のカップルに見えてたはずよ」
「電車の中で痴漢プレイするカップルなんて普通じゃねぇーよ」
ただの変態カップルだ。
「それよりハンカチかポケットティッシュ持ってないか?」
「そんなの持ってないわ」
「あぁそうかよ」
僕の右耳は一花の唾液で濡れていて歩くたび風が当たり耳やひんやりとする。あまり気持ちのいいものではなく今すぐにでも拭きたかった。
それで女子にハンカチを借りようとしているのはどうかと自分でも思うが、しかし僕もハンカチやポケットティッシュなんてものは持っていなかったし、僕の右耳が唾液で濡れた原因は完全に彼女のせいなので彼女にハンカチを借りるのは妥当だと言えた。
まぁ彼女も持ってなかったけど。どこかでポケットティッシュでも配ってないかないだろうか。
「そういえばキー君は私がキー君の右耳を舐めたって思っているようだけど、果たしてそれはどうかしらね」
「えっ?」
「だってキー君は私に背を向けた状態で後ろが見えてなかったのよ?本当は四十過ぎたおじさんが耳を舐めてて、私はそれをだだアテレコをしてただけかもよ?」
「気持ち悪い想像をさせるな!!」
だったら余計に拭きたくなる。
コイツ、僕が耳を拭きたいのを知っていてわざとそんな冗談を言いやがったな。タチが悪すぎる。
「キー君をからかうのは楽しいわね」
といじらしく笑う一花。
「僕は全然楽しくねぇ……」
それを見て僕はそう呟く。
駅の出口に差し掛かったとき、彼女はまるで何かを見つけたかのように「あっ」と言って立ち止まった。
「どうした?」
「私、ちょっと花を刈りに行ってくるわ」
花を刈りに?摘みにじゃなくって?
「だから先に行ってて」
「えーと、わかった」
「あと誰かに私のことを聞かれたら私は先に学校に行ったていいなさい」
「え?お前、誰かに追われてるの?」
「いいからそう答えなさい。それじゃ学校でまた会いましょ」
そう言い残して一花はトイレがある方とは真逆の方に向かう。
アイツ絶対にトイレじゃないな。一体誰から逃げてるんだ?
なんて思いながら僕は見覚えのある人影に気づく。それはショートヘアのとても優しそうな女の子で、そしてうちの学校の制服を着ていた。
そして彼女の方も僕の存在に気づき、
「あれ、キー君?」
と声をかけられる。
目の前にいた人物はそれは海原だった。
「えっと……おはよう」
「あぁおはよう……」
「……」
「……」
それは今日、二回目の気まずい出会いだった。




