僕が海原波江を知っているわけ。
こちらに向かって歩いてきたというのは、あくまで僕の妄想だった。海原はこちらに気づいていないみたいで雛村のほうに行ってしまう。
そして雛村の方も先輩に気づいて練習をするのをやめ、プールから上がる。
「ごめん。待った?」
「全然です。一人で自主練してました」
「うんうん、偉い偉い」
海原はそう言って雛村の頭を撫でる。
雛村は嬉しそうだった。
それを見て、ここはプールなんだから海原がいるのは当たり前だよなと僕は思うのだった。
海原 波江は僕と同じ日影山中学の出身だ。
そして同じ中学校の出身の奴ならば、僕のことを覚えている奴がいなくっても仕方ないことだが、彼女のことを知らない人間はまずいないだろう。そう、クラスメイトの名前をほんとんど覚えていない僕でも彼女のことは忘れることはできない。
それぐらい彼女は有名人だった。
見た目はどこにでもいる普通の女子だけど、成績は優秀で常に学年一位で生徒会長を務めていたことがある。
だけど彼女のスゴイところはそれだけじゃない。
彼女はなんと水泳を始めてわずか半年で全国中学生水泳大会に出場してしまいそして優秀までしてしまったのだ。
彼女はいわゆる天才だった。
それはも一つのことに特化していると天才じゃなくって、なんでもできてしまう万能選手。
「あの子も海原さんが教えたからこそ、少しは泳げるようになったのよ」
「へーそうなのか」
まぁ彼女ならそのぐらいやってしまうのだろう。
「私が教えても全然上達しなかったのに。おかげ一年全員に怖がられて全然近づいてこなくなったわ」
「あーなんかわかる。お前、厳しそうだもんな」
「私はロウとムチを使い分けるタイプよ。あっ間違えた、アメとムチよ」
「どんな間違いだよ」
伝わりづらいだろうなと思ってすぐに訂正しやがって。だったら初めっからそう言ってくれ。話が進まん。
僕は仲良さそうな二人を見る。
うん、百合はやはりいいものだ。
と心の中で思っていると雛村が手を上げて言う。
「先輩。一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「うん、いいよ。なんでも聞いて」
「あちらの方がさっきからキモい視線を向けてくるですが、あれは先輩の知り合いですか?」
「えっ……」
おやおや酷いことを言う後輩だ。
てか気づいていたのね。てっきり練習に夢中だと思ってたけど、無視してただけだったのね。
海原がやっと僕たちの存在に気づき、こちら近づいてきた。
「どうして……どうして彼がこんなところにいるの?一花ちゃん」
「私が彼を誘ったのよ。女子の競泳水着姿に興味があるらしくって」
「どんな紹介だ」
おっと、向こうにいる後輩がまるでゴミでも見ているかのような目をしてやがる。
「彼とはもちろん初対面よね」
「えっあっ……うん…」
彼女は頷く。
……まぁそう言う反応になってしまうのは当たり前か。だってあれはあまりにも昔の話なのだから。忘れるに決まってる。
そう納得しようとしても、それでも寂しい思いがあった。
だから僕は海原から目を背ける。
一花はそんな僕をとくに気にもせず「そう」と言って続けて言う。
「じゃ紹介してあげる。彼の名前はえーと……キー君よ」
お前まだ僕の名前、覚えてないのかよ。