彼女が女の子の名前を教えたわけ
「彼女の名前は雛村まつり。泳げるようになりたいからって理由で水泳部に入ってきたわ」
「なんでそんなこと僕に教えるんだ?」
「キー君の叶わぬ恋をあざ笑うためよ」
嫌すぎる理由!!
「てか、こんなもん恋でもなんでもねぇーよ。だとしたら僕は今まで何回失恋してきたんだよ」
「八回ぐらいかしら」
「妙にリアルな数字だな……」
そこはもっと百とか大きな数字を言って欲しかった。そして多分、当たっていると思う。妙に勘がいい奴だな。
「一花はどうなんだよ。お前だって失恋したことがあるだろ?」
「ないわね」
おお……きっぱり言いやがった。
「告白されて振ったことなら何回もあるけど。ついこの前も他のクラスの男子に告白されたけど、アナタなんか全然私のタイプじゃないから無理て言ってやんわりと断ったわ」
「全然やんわり断ってないよ。精神に大ダメージを与えてるよ」
そいつに同情する。
まぁそんな誰か知らない奴のことはともかく、そういえばコイツどんな奴がタイプなんだろうか?今日一日で一花のことを知ったつもりになってしまっていたが知らないことがまだ多い。
僕は聞く。
「お前の好きなタイプて何だ?」
「私のお兄さまみたいな人よ」
ブラコン拗らせすぎだろ。
「じゃあ僕に告白してきたてことは、僕はお前のタイプだったてことか?」
「そんなことあるはずないじゃない。お兄さまは唯一無二の存在よ」
「だとしたらもう誰ともお前と付き合えないだろうな…」
なんかますますコイツがどうして告白してきたのかわからなくなってしまった。
告白してきたのに僕の名前を知らなくって、本当にコイツは僕のことが好きなのかと思ったら、セックスしたいとか言い出すし、僕が人間を信用してなことを知っておきながら援助交際の噂は嘘だと信じて欲しそうに言ってくるし、彼女は本当になんなんだ?
僕は一花のことを見る。
……てかどうして僕はここまで悩んでいるのだろうか?
ここまで悩む必要があるならもういっそのこと一花に直接聞けばいいのに。どうして僕は今までそうしなかったのだろうか。
そうだ、聞けばいいじゃないか。
そんなことぐらい。
「なぁ一花?」
僕は聞く。
「なによ」
「……いや、ごめん。なんでもない」
なぜか……。
なぜか聞くことができなかった。
「そう。スリーサイズは上から……」
「誰もそんなことを聞こうとしてねぇよ」
「ならなにを聞こうとしてたの?」
「だから……なんでもないって」
そんな会話をしていると、
「ごめん、まつりちゃん!!」
出口から聞き覚えのある声が聞こえた。室内なので体育館と同様によく響く。それが聞こえたのと同時に一花は嫌そうな顔をしながら「ちっ……」と舌打ちした。
僕はそんな一花を不審に思いながら顔を声が聞こえた方に向ける。
「掃除当番で来るの遅くなっちゃった」
そう言いながら女の子が駆け足でこちらに来ていた。ショートヘアでとても優しそうなそんな女の子。
それは僕が学校で唯一知っている人物――海原 波江だった。