サタンの娘と旅の続き
終末の日から約10年後。
廃墟となったコンビニから、水を飲み終えたサナが出てくる。
「ユウイチ。彼女達、来た?」
「ちょうど出てきたみたいだ」
空を見上げるユウイチとサナ。曇天にできた光の裂け目、天界の扉から天使が飛び立つ。
全ての天使がユウイチの元に降り立つわけではない。空を飛んで、どこか遠くへ行ってしまうこともある。が、今回は彼の元にやってくるようだった。
初めて天使を殺した日と同じ、3人組だ。地に降りた彼女達はユウイチの傍まで駆け寄った。
「あなたがユウイチ様? お会いしたかったですわ」
天使の一人、ウェーブのあるブロンドの天使がユウイチに恭しく話しかけてきた。
この10年間で多くの女天使を見てきたが、終末の日にミカエルが言った通り、女天使は皆美人で、軒並み発育もよかった。
「他の天使達は一緒ではないのですか? ……まあいいですわ。さあ、私達と遊びましょう?」
ブロンドの天使が笑顔で手を差し出すもユウイチは答えなかった。代わりに「サナ、大鎌だ」と伝えた。
――ユウイチは小学校の頃両親から、『うちの家訓は、ゴキブリを見つけたらすぐ潰すこと』と伝えられた。――
「うん、わかった」
サナが答えて、彼女の体が光を放つ。瞬く間に大鎌へと変態を遂げた。
――初めはゴキブリが気持ち悪くて、怖くて、とても一人で退治できなかった。――
「ユウイチ様? なんですの、それは……。そんな怖いもの、しまってください」
怯えた様子を見せる天使にかまわず、彼は大鎌を振り上げる。
――高校生になる頃にはゴキブリを見つけ次第、機械的に叩き潰せるようになっていた。――
「ユウイ――」
振り下ろした鎌が天使二人の首をはねた。残った一人はユウイチが鎌を振り上げた時に驚いて尻もちをついていて、一閃を逃れた。彼女はしばらく何が起きたのか理解していなかったが、転がるブロンドの天使の首が彼女の足に当たって止まると、ようやく「ひっ!」と短い悲鳴を上げた。
――天使達が人間を殺す時、きっとゴキブリを殺す時の自分と同じような気持ちなのだとユウイチは思った。――
「あっ、あっ……た、たすけ……」
血の滴る大鎌を肩に担いだユウイチが生き残りの天使にゆっくりと歩み寄る。腰が抜けて立てない彼女は、うまく動かない口で命乞いをする。突如として目の前に現れた死。それがもたらした恐怖の感情は、彼女の目や口、股から液体となって溢れ出た。
――そして自分が天使を殺す時もまた、ゴキブリを殺す時と同じ気持ちだった。――
命乞いをする天使の顔面に容赦なく大鎌の切っ先が突き刺さる。ユウイチはそのまま鎌を手前に引いて、乱暴に抜いた。顔から腹まで縦一文字に切り裂かれた天使の体から、血と内臓がドロドロと流れ出た。
「終わった」
ユウイチがそう告げると、サナが大鎌から元の姿に戻った。
「お腹、すいた……」
武器への変態はエネルギーの消耗が激しいらしく、元の姿に戻った後のサナはいつもお腹を空かせている。
今日はユウイチも空腹だった。突然、昔テレビで見たオムライスを思い出した。ケチャップライスの上に乗せられた楕円形の玉子にナイフで切れ目を入れてやると、ドロドロと半熟の玉子が流れ出すやつだ。
だが人が滅んで久しいこの世界には生産も流通もない。オムライスなど望むべくもない。おいしそうな幻想を振り払って、
「バックパックの中に少しは蓄えが残っている。今はそれで我慢だ。食べ終わったら……あそこに行こう」
ユウイチが指さした方向をサナが追う。
「大きな、建物……。食べ物、ある?」
「ショッピングモールだな。ああいう大型施設が壊されずに残っているのは珍しい。食べ物があるかはわからんが、カセットコンロやらなんやら、生活に必要なものが手に入りそうだ」
サナは少し拗ねた顔をした。現状お腹が空いている彼女にとっては、よくわからない便利用品より食べ物なのだ。
悪魔は人間ほど早く年を取らないようで、サナはユウイチと出会った時からずっと幼稚園児のように小さいままだ。そしてどういうわけか彼女は精神年齢まで幼稚園児のままなのである。
中身の方はいい加減成長してほしいと思うユウイチだったが、一方で彼女の扱いにも慣れてきた。不機嫌そうなサナに向かってわざとらしく言う。
「もしかしたら釣り具なんかもあるかもな。食料も底を尽きそうだし、明日は魚釣りにでも行こうと思ったんだが、元気のない子は連れていけないな」
「釣り!」
ユウイチの思惑は当たった。釣りというワードにサナは元気を取り戻し、興奮した様子で目を輝かせた。
万年幼稚園児のサナは珍しいものによく興味を示し、虫や魚は特に彼女の好奇心を刺激するらしい。初めて魚釣りに出かけた時など、最初こそつまらなさそうにしていたが、一度魚が釣れると急に熱中しだし、ユウイチが帰ろうと言い始めてから4時間も釣竿を離さなかった。
「ユウイチ! 釣り、早く!」
サナは廃墟のコンビニから早々にバックパックを持ちだして出発の準備を始めている。
「まったく、明日だと言ったはずだ」
呆れながらも、サナのテンションが次の目的地であるショッピングモールまで続くことを願って、ユウイチはバックパックを背負った。