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終末の日

「遥か昔からいろんな人間の願いを叶えてきたよ。でもどいつもこいつも欲深くて、こっちが提案する暇もなく、三つの願いを使い果たしてしまうんだよね。一つ目の願いを叶えてやったとき、君もそうかと悲観していたんだけど……改めて、君を選んでよかったよ。下手な考えばかりが先行して、かと思えば安易な色欲に流される、どうしようもなく愚かな君をね!」


 ユウイチの顔が青ざめ始めると同時に、天から錠を外した時のような、ガシャンという大きな音が響き渡った。感慨深そうにミカエルが空を見上げる。


「永かった……。ようやく私の悲願が達せられる。天界の扉が開く」


 夏の青空に、次々と滲み出るように灰色の雲が現れる。見渡す限りの空が完全に雲に覆われた後、古びた重い扉が開くような音と共にユウイチの頭上の雲に切れ間ができて光が差した。


 続いて、金属の擦れ合うような音が世界にこだまする。ユウイチの耳には心地のいい音色ではなかったが、ミカエルはうっとりとその音に聞き入っていた。


「ラッパの音だよ。私達天使が地上に降りるときに吹く、天使のラッパ。もっとも君たち人間は、アポカリプティックサウンド、終末の音と呼んでいるみたいだけどね」


 雲の切れ間から数えきれないほどの黒い影が現れ、あらゆる方角に向かって飛んで行った。呆然とその光景を見つめるユウイチにミカエルが語りかけた。


「今飛んで行ったのが天使達だよ。でもあれでもほんの一部。まだまだ天界に残っているよ、君に惚れた天使達がね。時にユウイチ君。君の寝床が今日から古びた山小屋だったとして、そこでまず最初は何をする?」


「なにって……」


「害虫を駆除したり、掃除をしたりするんじゃないかなぁ。天使達も同じだよ。今飛び出していった天使達は、地上という新たな寝床に巣くう人間という害虫を駆除しに飛び立ったんだよ!」


 ミカエルが高らかに笑った。その笑いに混ざるように、あちこちから悲鳴が聞こえ始めた。爆音も、建物が崩壊する音も加わって、絶望のカルテットがこの世界を満たした。


 悪夢のような現実に、ユウイチをめまいや吐き気が襲う。それを尻目にミカエルはふわっと飛び上がった。


「じゃあそろそろ帰るよ、ユウイチ君。ああ、君以外の人間は一人残らず死んじゃうだろうけど、君は大丈夫だと思うから安心してよ。男の天使が君を殺そうとしても、君に惚れた女天使達がきっと守ってくれるだろうからさ。人間の死に絶えた世界で、天使達のハーレムを楽しむといいよ。じゃあね」


 そう言い残してミカエルは天に向かって飛び立った。ユウイチはあらん限りの声を振り絞って「待て!」と叫ぶが、ミカエルは振り返ることなく悠々と天に向かって飛び続ける。呆然と立ち尽くすユウイチが「何が、どうなって……」と呟いた時、


「まだわからんのかいな。お前は、あの天使に一杯食わされたんや」


 知らない男の声がそう言った。考えられないことだが足元から聞こえたように思える。恐る恐る視線を落とすと、いつの間にか地面に穴が開いていてユウイチの体はすでに足首まではまっている。


 抜け出そうともがくも足が動かない。泥沼にはまったようにびくともしない。それどころか、次第に呑み込まれていくようで、気が付けば膝まで沈んでしまっている。


「なんだこれは……! これもお前の仕業か!」


 その言葉に振り返ったミカエルは驚いた様子を見せ中空で停止した。焦りと戸惑いに満たされた表情で思考を巡らす彼女であったが、その間にもユウイチの体は沈んでいく。彼が胸まで呑み込まれた時、ようやく決心したように急降下を始めた。


「捕まって!」


 叫んだミカエルが手を伸ばす。ユウイチの腕はまだ飲み込まれておらず、ミカエルに向かってその手を伸ばそうと思えばできた。


 だが、さすがにユウイチも知らない男の声が言うように、ミカエルにしてやられたことくらい気付いている。そして降下してくる彼女の青ざめた顔。自分の身に何が起きているのかはわからないが、ここで手を伸ばさなければ彼女が困るのだという事は理解できた。


 なら黙って沈もう。


 沈んだ先に何が待ち受けているのかはわからないが、自分を陥れた天使に一矢報いられるのならそれでいい。


 ミカエルの困惑した表情を見つめながらユウイチは穴に沈み、彼の視界から光が消えた。



「どういうつもりか知らないけど、まあいいや。今更どうすることもできないしね」


 そう言い残してミカエルは天界へと帰っていった。


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