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プロローグ

 廃墟となったコンビニ。照明をつけるための電力など供給されているはずもなく、店内は薄暗い。そこに曇天と床一面に積もったホコリとが相まって世界から色が消えたかのように錯覚させる。


 商品棚はドミノのように倒れ、床に商品が散乱している。そのどれもが何年も前に賞味期限を過ぎていて、『終末の日』から長い年月が経過したことを示していた。


 入り口近くに散らばった新聞紙の日付は10年前の7月2日となっている。一面では大物政治家が不祥事の責任を取って議員辞職を表明したことがその年一番の重大事のように取り上げられているが、その日のうちに世界が終わりを迎えたことと比べれば些末な問題だった。


 10年近い歳月をかけて蓄積したカビやホコリの臭いと、ここ数日の蒸し暑さのせいで店内はむせ返るような空気で充満していたが、電力を失って自動から手動に成り下がったドアを開け放していたおかげで少しはましになった。


 排出される汚れた空気と入れ替わるように、一人の少女が入ってきた。背丈より長い虫捕り網、肩からぶら下げた虫かご、ぶかぶかの麦藁帽の下から覗く汗だくの顔。どうみても炎天下で蝉捕りを楽しんだあとの幼稚園児にしか見えない。少なくとも、実は彼女は地獄の主・サタンの一人娘だと聞かされたところで信じる者はいないだろう。


「ユウイチ。彼女達(ガールフレンド)のおでまし、だよ」


 サタンの娘が小さな声でそう告げると「わかった」と返事があった。ややあってレジカウンターの奥のスペースで仮眠を取っていたユウイチと呼ばれた青年が立ち上がった。伸びをする彼の右手には趣味の悪い刺青のような紋様が、左手には凝視しなければ見えないほどの消えかけた火傷痕があった。


「よく、寝た?」


 まだ眠たそうなユウイチにサタンの娘は尋ねた。ユウイチは体中にまとわりついたホコリを掃いながら、


「寝るには寝たが、心地のいいものじゃなかった。さすがにもう少し掃除をするべきだったか。サナの方は……捕れなかったみたいだな」


 空の虫かごを見てユウイチは意地悪な笑みを浮かべた。サナと呼ばれたサタンの娘は残念そうに頷く。


「だからまだ蝉捕りには早いと言ったんだ。せめて鳴き声が聞こえてから……まったく、汗だくじゃないか。待ってろ」


 大きなバックパックからタオルと水筒を持ってきたユウイチがサナの前で屈む。麦藁帽を脱がせると深紅のロングヘアーが汗でペタンコになっていた。


「ちゃんと水分補給をしないと熱中症になる。汗も、放っておくと風邪を引きかねん。そうも言ったはずだ」


 叱りつけながらもサナの汗を拭いてあげるユウイチ。彼は厳しい物言いになることもあるが基本的には優しい人間だ。サナも彼のことを心底信頼していて、抵抗することもなく頭をゴシゴシと拭かれている。そんな二人の姿は実の親子のように見えた。


 事実、10年間の旅を通してユウイチは小さな子を持つ親のように面倒見がよくなった。それに対してサナは精神的な面でも幼稚園児と大差なく、この日も、廃墟となる前のこのコンビニで売られていたであろう虫捕りセットを見つけて興味を示し、ユウイチの忠告もろくに聞かずに興奮気味に外へ飛び出していったのだった。


「熱中症、風邪。悪魔の私でも、なる?」


「……わからんが、サナに倒れられたら俺が困る」


「私も、ユウイチが倒れると、困る」


 サナは普段感情をあまり表情には出さないが、それでも笑顔とわかるくらいの表情で答えた。それに対してユウイチも笑顔になりサナの頭を撫でた。決して楽ではない10年間を助け合いながら生き抜いてきた二人は親子でもあり、仲間でもあり、友達でもある。そんな特別な絆で結ばれている。


 ユウイチはコップに水を注いでサナに渡すと、「先に行ってる。それを飲んだら来るんだ」とサナに伝えて外に出た。



 終わった世界が、彼を迎える。


 コンビニの面する大通り。10年前までは日夜車の行き来の絶えない道路だっただろうが、今では車は一台も走っていない。エンジン音すら聞こえない。


 大通りを挟んだ向かい側。10年前まではマンションや多くの店舗が立ち並んでいたのだろうが、今ではすべて瓦礫の山となっていた。


 賑わいも、営みから生ずる雑音も、人から生まれる全ての音が失われた。


 ビル群も、鬱陶しいほどの雑踏も、人から生まれる全ての景色が失われた。


 空を見上げる。曇天の隙間から光の漏れている部分があった。天界と通じている扉がそこにある。


 静寂に耳を傾ける。空から古びた工場のシャッターが閉まるような、錆びた金属の擦れ合うような音が聞こえる。


 アポカリプティック(終末の)サウンド()。天使が地上に舞い降りる時に吹くラッパの音だ。



 全てが失われたこの灰色の世界に、もうすぐ天使がやってくる。人間を死滅させた天使達がやってくる。


 彼女達がやってくる度に左手の消えかけた火傷痕が疼く。


 疼きを慈しみながらユウイチは自戒する。



 ――これが俺の望んだ世界の結末だ。


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