番外編5 ショコラ、お姉さんぶる
元魔王ザッハトール とある昼下がりの事。
「ショコラおねえちゃんですよー」
「ンママー」
赤ちゃん用の椅子に腰掛けたキルシュに、ショコラが話しかけておるな。
「ショコラおねえちゃんは、キーくんのおねえちゃんなの。こまったらおねえちゃんをよんでね!」
「ンマー」
キルシュはまだ、這い這いもできない年齢である。
言ってることは分かるまいなあ。
だが、ショコラが話しかけると嬉しいらしく、よだれを垂らして「ンマー!」と喜ぶ。
そこのところ、ショコラに似ておるな。
「ンママ、マ、マー……ンマアーマアーマアー!」
泣き出した。
これは余も分かるぞ。
お腹がすいたのだ。
「ピャー! キーくんないちゃった! パパ、どうしよう」
「おっぱいが欲しくて泣いているのである。ママを呼んでくるのだ」
「はーい!」
どたどたと走っていくショコラ。
遠くで、「ママー! キーくんおっぱいほしいってー」と叫んでいる。
ユリスティナは耳がいいから、そんな叫ばずとも聞えよう。
しかし、ショコラもいっぱしのお姉さんになったものだ。
大変感慨深い。
余は、泣いているキルシュを抱っこして、よしよしした。
「もうすぐママが来るであるぞ。安心するが良い」
「ンマ?」
余の言葉を理解したように、キルシュが一瞬泣き止んだ。
この子の瞳は余に似て赤いのだ。
色素が薄くて赤く見えているのではなく、黒目自体に赤い色がついているようであるな。
魔力やら魔闘気がはっきりと見えるらしく、余がいないいないばあをしながら魔闘気を出したり引っ込めたりすると、キャッキャと喜ぶ。
さらに、生まれてまだ三ヶ月くらいであると言うのに、魔闘気と聖なるオーラを同時にうっすら纏っている。
今は特に使いこなすまで行ってはいないのだが、無意味にそれらを発揮して、ショコラの背中やお腹をつついたりしているようだ。
「キルシュ、お腹がすいたのか? なんだ、泣き止んでいるじゃないか」
奥さんたちと井戸端会議をしていたユリスティナが戻ってきた。
子を産んでから、貫禄がついた気がする。
実際に、ちょっと横に肉がついたな。
本人はそれを気にして、毎朝トレーニングに励んでいるようだが。
「余があやしたのだ。フフフ、見よ。赤ちゃんをあやすことにかけて、余は大いにレベルアップしたのであろう」
「れべるあっぷ?」
「そう、レベルアップである。余はショコラも抱っこして、泣いた時はあやしていたのだぞ」
「ザッハがあやしても、ショコラはなかなか泣きやまなかったけれどな」
「ンー」
ショコラが首をかしげた。
その仕草が世界一可愛い。
「ショコラねー、おぼえてないや。でも、ママのほうがやわらかくて、だっこされるのはすきだったかも」
「なん……だと……!?」
「ほらザッハ。衝撃を受けてないでキルシュを渡せ。またむずかりだしているだろう」
余はキルシュを手渡す。
我が息子は、ユリスティナのおっぱいにぱくっと食いついた。
「やっぱりお腹が減っていたんだな。キルシュはショコラに似て、いっぱい食べる子だからなー」
「えー。ショコラそんなにたべないよう」
「何を言う。子ども園の年少さんで一番ご飯を食べる子だって評判だぞ」
「そーれーはー! ショコラ、ドラゴンさんだから、はねとしっぽのぶんおなかがへっちゃうの!」
「ところでショコラ。ちゃんとさっきのはパパに悪いぞ。パパは、ショコラの事をずーっとお世話してきたんだからな。ショコラはパパが嫌い?」
「ううん! パパだいすき!!」
よしっ!!
余の意識が戻ってきたぞ。
いかんいかん。魂が抜けてしまうところであった。
魔王暦千年の間にも、一度も無かったことであるぞ。
「だったらショコラ、パパのいいところも言ってあげなくちゃ」
「そっか! えっとね、ショコラはね、パパのまとーきってゆうのがすき! ほわほわーっとしててあったかいの!」
「魔闘気が好きか……! 子どもは親に似るのだな……」
「なぜ、じーっと余の事を見るのだ。ショコラは子ども園では、男の子や年長さんをも従えるボスになっていると聞くぞ。その豪傑ぶり、これはユリスティナ似では……?」
「ぬうっ、否定できない……!」
そのように喋っていると、キルシュがお腹いっぱいになったようである。
おっぱいから口を離した息子は、ユリスティナに背中を撫でられると、けぷっとげっぷをした。
小さい体から、満足げに聖なるオーラを出している。
「マーマ! キーくんかーして!」
「だーめ。キルシュはこれからおねむなんだからな。赤ちゃんは寝ることも仕事なんだ。ショコラだって、そろそろお昼寝の時間じゃないのか?」
「やー! ショコラあそぶのー!」
「ほう、では余とお出かけしてみるか? 余はこれから、二期生たちに魔法を教えに行くのだ」
「ショコラもいくー!!」
ユリスティナが、やれやれ、と肩をすくめた。
「ショコラを頼まれてくれる?」
「任せよ。多分、今回も途中でお昼寝してしまうと思うから、おんぶして帰ってくることにする」
「ねないもーん! ショコラねないもーん!!」
賑やかなショコラと手を繋ぎ、、余は外へと向かうのだった。