番外編3 妹とか弟とか
木工職人イシドーロ語りき
夜明けを過ぎてしばらく。
日もやや高くなってきて、村のみんなが動き出す頃だ。
この辺りで、ザッハさんは畜舎の地区から戻ってくる。
あの人、牛の乳搾りを日課にしてるんだよな。
「おっ、噂をしたらやって来た」
ザッハさんが鼻歌を歌いながら、牛乳が入った容器を抱えて歩いてくる。
ショコラちゃんが牛乳大好きだから、あの人せっせと乳絞りを手伝って、牛乳を手に入れて来るんだよな。
じゃあ、あまり足止めするわけにもいかねえな。
「おーい、ザッハさん!」
「むっ、貴様はイシドーロではないか。おはよう!」
「おはよう! 今日も牛の乳絞りかい? 精が出るよな」
「ククククク……。なに、余にとってこれしきのこと、造作も無い。最近では、どのように絞れば牛が気分良く牛乳を出してくれるのか、良く分かるようになったぞ? 畜舎の者たちも、余がまるで乳絞りのベテランのようであると言うのだ」
「ザッハさん、物覚えがいいもんなあ。俺もちょっとくらい、その頭の良さを分けて欲しいもんだぜ」
俺とザッハさんは、そんな話をしつつ、げらげらと笑った。
ちょっと賑やかに笑いすぎたようで、目を覚ましたチロルがこそっと物陰から覗いている。
「チロル、おはよう!」
「おはヨウ、ショコラチャンのパパ!」
最近、喋るのが上手くなってきたチロルが、満面の笑みで答える。
俺がチロルとであった時、ザッハさんも一緒だった。
チロルや、妻のハンナが村で過ごせているのは、ザッハさんのお陰でもあるのだ。
だから、チロルはザッハさんにとてもよく懐いている。
「チロルよ。また背が伸びたな。日ごとに美人さんになって行くのではないか?」
「びじんサン! チロルネ、ユリスチナサマみたいになりタイ!」
「ははは、それにはまず、体を鍛えねばならぬなー」
ザッハさんに抱き上げられて、チロルが嬉しそうに笑っている。
「チロルは、ショコラちゃんのお姉さんだもんな。どんどん飯を食ってでかくなって、ショコラちゃんに追いつかれないようにしねえとな」
俺が言うと、チロルはむふーっと鼻息も荒く、ガッツポーズをした。
最初は食が細かったチロルだが、今はがつがつと何でも食べる。
ショコラちゃんのお姉さんとして、恥ずかしくない姿を見せたいらしいそうだ。
嬉しいね。
「大したものであるな……!! ショコラも負けてはいられぬな」
で、俺は特に打算も何も無く口を開いていた。
「ショコラちゃんはみんなの妹みたいなもんだからなあ。でも、ショコラちゃんにも妹か弟がいれば、チロルみたいにもっと頑張るようになるかもな」
「ほう」
俺には、ザッハさんの目が文字通り光ったように見えた。
「そうか……。ショコラにも、妹か弟が……! ふむ、ふむふむ!!」
この人、割と良く分からないところにツボがあるんだよな。
いきなり一人で盛り上がって、ガーッと突っ走るところがある。
今回もそれだった。
「イシドーロよ。ショコラに妹か弟を作るにはどうするべきだ? どこかのドラゴンに頼んで養子でも……」
「何言ってるんだ、ザッハさん。ユリスティナ様がいるだろうが。あんたたち夫婦だろ? 占いじゃ、ザッハさんに似た子どもができるって出たって聞いたぜ?」
「ユリスティナと余が!」
いや、なんでその発想は無かった、みたいな顔してんだよ。
だけど、ザッハさん、まんざらでもないようだ。
「うむ。確かにそうするのが正道か。なるほどなるほど……。これは、ユリスティナに相談せねばなるまいな……!!」
グフフフフ、と笑うザッハさんは、なんと言うかすげえ貫禄だ。
どこかの王侯貴族みたいに見える。
そしてザッハさんはチロルとハイタッチした後、家に帰っていってしまったのだ。
やっぱあの人、変わってるなあ……。