番外編2 母を射んとするなら、まずは赤ちゃんから
ブラスコの妻、アイーダ語りき
さてさて、ザッハさんとユリスティナ様に恩返しって勢い込んだのはいいけれど……。
どうしたもんかね?
幸い、あたしは今日、子ども園の手伝いに来ている。
ユリスティナ様も当番だから、ここでさりげなく聞いてみるのもいいね。
あたしは、彼女にとって育児の先生みたいなものだし。
ユリスティナ様は、赤ちゃんたちを纏めて抱えあげて振り回し、キャッキャと喜ばせている。
あたしより細いのに、馬力がぜんぜん違うのを感じるねえ。
あやしている赤ちゃんが、ほわほわあくびをした。
あたしの腕の中で、すやすや寝てしまう。
この子をそーっと布団に運んだ後、あたしはフリーになったユリスティナ様に話しかけた。
「ねえ、ユリスティナ様」
「うん、なんだ?」
「ユリスティナ様、最近ザッハさんとは仲良くしているのかい?」
「ああ。私とザッハの仲は良好だぞ? 今だって、ショコラを真ん中に挟んで三人で寝ているからな。育児というものは良い運動になる! ベッドに入って、目を閉じて目を開けたら、次の瞬間にはもう朝だからな」
おっとこれはいけない。
「それじゃあ、ザッハさんとの夫婦の時間は取れてないんじゃないのかい? 母親だって女だからね。自分にごほうびをあげる時間は必要だと思うよ」
「なるほど! さすがは母親の先輩アイーダ殿だ。肝に銘じておこう」
これは……伝わっていない。
だけど、直接言うのも何だしね。
どうしたものか。
「マーマ!」
そうしたら、ショコラちゃんがトコトコとやって来た。
少しずつお喋りを始めたこの子は、ちょっと口を開くだけで頭がいいことが分かるね。
「どうしたショコラ」
「マーウ!」
ショコラちゃんはユリスティナ様に抱きつく。
目を細めて、彼女の頭を撫でるユリスティナ様だ。
「ショコラちゃんも大きくなったねえ。おうちでは、結構お喋りするのかい?」
「ああ。子ども園で何があったかとか、一生懸命私とザッハに教えてくれる。子どもはどんどん成長していって、本当に凄いな……!」
そう語るユリスティナ様の目は、キラキラしていてとても充実している様子だ。
今の生活に、不満はないみたいだねえ。
だけど、あたしは分かるよ。
ザッハさんとユリスティナ様、放っておいたらずっとあのままだってね。
「ねえショコラちゃん?」
「マ?」
「ショコラ、マじゃないだろ。アイーダ殿だぞ」
「どのー」
あはは。
人の名前はまだ、少し難しいかもね。
「はいはい。ショコラちゃん、うちの子といつも遊んでくれてありがとうね。うちは三人もいるから、目が届かないこともあってねえ。うちの子は、ショコラちゃんがいると、妹ができたみたいって喜ぶのさ。だけどショコラちゃんももう大きくなってきただろ? 今度はショコラちゃんがお姉さんになる番だねえ。新しい赤ちゃんももうすぐ入ってくるし」
チラッとユリスティナ様を見る。
彼女は、ふんふん、と頷いている。
ショコラちゃんは、きょとんとしてあたしの顔をじーっと見ていた。
ここであたし、決めの一言を放つ。
「ショコラちゃんは、弟か妹、欲しくないのかい?」
「マ!?」
ショコラちゃんが目を丸くした。
「むっ!!」
ユリスティナ様も目を見開いている。
あの顔は……その発想は無かった、という顔だね。
ちなみに、夏祭りの占いで、ユリスティナ様が子宝に恵まれるらしい未来を占ってもらったという噂は、もう村中に広まっているよ。
絶対、本人だって意識しているはずさね。
「マーマ! マーマ!」
ショコラちゃんが興奮して立ち上がる。
ユリスティナさんの胸元を、ペタペタ叩いているね。
「ど、どうしたのだショコラ」
「おとーと、いもーと! ショコラもー!」
「む、むむむー」
ユリスティナ様、ちょっと困った顔で固まってしまったよ。
あれあれ、これは少し、急ぎすぎたかね。
同じ母親というよりは、年若いうぶな娘さんを相手にしてる気分だよ……って、もしかして……?
「こ、困ったなー。それはママだけだとできないことだからなあ」
ユリスティナ様は顔を赤くしながら、ショコラちゃんをあやしている。
これは、分かってはいるみたいだねえ。
ちょっとだけひと押ししてみようかね。
「そうさね。ショコラちゃん。お願いするならママだけじゃないと思うよ。パパの協力だっているんだから」
「パパ! ショコラ、パパ、ゆうー!」
「こ、こらショコラ!」
よし、これで一歩進んだね。
あたしは内心で、ぐっと拳を握りしめたよ。
……あれ?
最初の目的からずれてきている気がするんだけど。