6話『残念ですが、飲み物は口に入れません。』
講師の話は面白いものだ。と興味がある講義であれば、
おのずとそう思える。
講義の時間は早く流れていった。
菅原、田邊は傍でずっと私語をしていた。
おそらくこの二人にはこの講義は興味が無いのだろう。
「今日は時間が来たので、途中ですが終わりにします。それではまた来週」
講師がそう言って壇上から離れていく。
机に並べられた資料を両手でまとめる。
「さぁ、外で待っているアンドロイドとお茶でもしようじゃないか!今日は僕が奢るよ」
願ってもいない言葉。集中しているとお腹も空くものだ。
「本当か!?菅原!」
テンションが上がる。
嬉しさのあまり万歳するように田邊が立ち上がる。
講義室を出るとA-権蔵とA-真子姫が直立していた。
礼儀正しく待っていたようだ。
「お疲れ様です。菅原殿!」
「おっ!ありがとう。それではスタバまで行こうか」
「かしこまりました」
2体は声を揃えて反応した。
「彼らはスタバまでついてくるのか?」
「当り前じゃないか。俺のアンドロイドなのだから」
「言ったでござる。拙者は菅原殿を陰で護衛すると」
「だから、丸見えだって・・・」
アンドロイドはもちろん食べ物や飲み物を摂取することはない。
そんなことしたら故障の原因になる。
しかし、人間の食事に加わって一緒にいることは日常茶飯事なのだ。
スタバでコーヒーを注文するとテーブル席に向かった。
アンドロイドだけ立ちっぱなしも性に合わない。
多少なりとも気を遣うのが人間だ。
アンドロイドの席も用意して団らんする。
「皆さん、講義はどうでしたか?」
A-真子姫が質問した。その質問は、皆がちゃんと講義を受けていたかどうかを
判断する質問かもしれない。
しかし、菅原は隠さずに話す。
「んー、あまり聞いていなかった」
「あらっ!菅原殿ったら正直なこと」
怒るかと思いきや口を押えて笑っている。
本当に極々自然で、色々な反応を示すアンドロイドは
人間との会話が成立していた。
「ところで鈴音、君のアンドロイドはここに呼ぶことはできるのかい?家、近いのだろ?」
「あぁ、会ってみたいか?呼んでみるよ」
鈴音がスマートフォンを取りだす。
そして
スマートフォンの奥から声がする。
「どうかしましたか?」
「A-桜小町さん、今から大学に来れますか?友人に会ってほしいんだ」
少し沈黙があり、返答する。
「わかりました。どこに向かえばよろしいのでしょうか」
「大学近くにあるスタバだよ」
「スタバ・・・コーヒー店ですね。かしこまりました」
10分ほどで到着するだろう。
来てくれるということは、家の家事が済んだということになる。
祖父が言っていたように、鈴音はA-桜小町を遊び相手として、
外の街に誘ったのだ。
「A-権蔵、A-真子姫、僕のアンドロイドと仲良くなってあげてほしい」
アンドロイドがアンドロイドに仲良くとは
可笑しな願いだ。
それでも人間らしく振る舞いを求めた。
「御意のとおり!!」
また2体のアンドロイドは声を揃えた。
菅原のトモダチだから目上に当たるのか・・・。
尊敬の返事だった。
「お待たせしました」
A-桜小町はもう鈴音の側に立っていた。
「早かったね」
「12分かかりました」
A-桜小町は
決してコスプレをしていない。アンドロイドは本来、未来をイメージした服を着る。
それが販売当初のままの服装だ。
「容姿が綺麗なアンドロイドだな」
田邊はA-桜小町の顔を見て本音をこぼす。
「私は綺麗ではないと?」
A-真子姫が笑顔で訴えかけた。その笑顔が逆に怖さを感じる。
「そう言う意味ではないよ」
思わず本音を訂正する。
「あなたは顔も服装もお綺麗です。着物を着ているなんて羨ましいです」
「この着物は菅原殿が発注してくれたの。嬉しい限りですわ」
女性のアンドロイドが互いに話し合う。
それを横に違う話題でいつの間にか会話がなされている。
「忍者だろ?いつになったら陰に隠れるんだよ」
「そこまで言うのであれば、今度、隠れ身の術をお見せしようか」
変な会話も飛び交う中で笑って過ごす人間とアンドロイド達・・・。
この時間には違和感があると鈴音は感じていた。
やっぱり所詮は人間とアンドロイドだ。これを当たり前と思ってはいけない。と自分自身の考えを肯定したい。
しかし、横で話をするA-桜小町を見て考えが覆った。
どうしてこんなに自然な笑顔が出せるのだろうか。
ありのままの笑顔が出せるのは不思議でならない。
(アンドロイドなのにとても素敵な笑顔だ・・・)
胸の内は外に出さずとどめておく。
恥ずかしくも、感情移入してしまうほど、A-桜小町の笑顔に見入っていた。
これに尚且つ、アンドロイドもコーヒーを飲むことができたら
申し分ないのだが、そこまで必要を求めることもない。
そしてしばらく団らんしながら次の講義まで、ゆったりと会話を楽しむ人間とアンドロイドだった。
楽しそうにしている彼らを店員は見て微笑んでいた。
その店員の手の甲はひし形で光っている。
店員もアンドロイドだ。
社会に溶け込むアンドロイド達は
どこもかしこも存在しており、手の甲を光らせているのであった。