3話『鈴音大地は寝坊助』
「大地―!朝よ!起きなさい。今日から爺ちゃんのところにお世話になるのでしょう」
母の声が二階まで届く。布団にうずくまってなかなか出てこない。
カーテンは開き、日差しが部屋の中を明るくする。
外の雀がさえずりをこぼす。未来の世界も木々が生い茂る土地もある。
緑に囲まれる窓の外は心が癒されるほど、薄い黄緑色が重なり合っていた。
なかなか一階に降りてこない息子に腹を立て、母が二階に上がってくる。
慌ただしくドタバタと駆け上がる足の音に、ベッドの上の布団はさらに縮こまっていた。
「大地!いい加減にしなさい!爺ちゃんにこれからお世話になるって言うのに、そんなんじゃ迷惑をかけるわよ」
両方の手は腰に当てて、口は「へ」の字になっている。
母が怒った時の表情はいつもそうだ。
「大学生にもなってそんなにぐーたらじゃ、将来が心配よ」
すると布団の中からぼそぼそと声がした。
「・・・寝る子は・・育つ・・・・」
その言葉を母は聞き逃さず、呆れた顔でため息をつく。
そして、布団を片手で払いのけた。
「いつまで子供なの!!」
勢いよく払われた布団はベッドの下に落ちた。
布団の中にいたのは、鈴音大地。丸くうずくまって顔を見せない。
「眩しいよー」
「ご飯は下で準備してあるわ。食べに来なさい」
「うぅー、わかったよ」
睡眠欲が今も強い。良く寝るのは身体が大きくなっても変わらなかった。
本当は24時間しかない1時間を有効活用したいと思いつつ、
パッと布団に入ると、とにかく長い時間寝てしまい、朝はゆっくりしてしまうほど眠りにつくのが日課となっていた。
ましてや大学生活になろうものなら、通学距離が長い分、早起きしなくてはならなかった。
それが恐ろしいほど嫌だった。
早起きが苦手という理由は後からつけたものだが、通学距離が長いのは母も心配しており、学校から近い祖父の家から通わせることに決まったのは最近のこと。
祖父は独りで住んでおり、孤独を感じていた。そのため孫が住み込む依頼はさぞかし嬉しく受け止めてくれた。
鈴音大地は目をこすりながら階段を下りてくる。
席について朝食を食べる。
まだ目が細く閉じそうになっており、眠たいようだ。
咀嚼しながら母に話しかける。
「今更愚痴をこぼすけどさ。爺ちゃんは好きだけど、家には何にも無さそうだし、一緒に住むのは乗り気にならないんだよな」
「小さい頃はいつも遊んでいたのよ。野球をしていたの覚えてないのかしら?」
「んー、野球になると爺ちゃん本気出すから楽しくなかったよ」
「そう。確かに爺ちゃんは常に本気だもの。あなたも見習いなさい」
やや冷たく話をする母。
いい加減、朝は余裕を持ってほしいと思っているのだろう。
なぜなら、食べながら話をし、外に出る用意をし、髪の毛を整えている息子を見ると頭を抱えたくなるものだ。
「そうそう。爺ちゃんも高齢だから、お手伝い用のアンドロイドを購入したそうよ。そのアンドロイドにあなたはお世話になるそうよ」
「ふーん、アンドロイドと一緒に暮らすのは初めてだな」
アンドロイドは人間と生活空間も共有する。
しかし鈴音大地にとってアンドロイドとの生活は人生で初めてだ。
少し、楽しみな気持ちがわき上がっていた。
「ちゃんとアンドロイドには自己紹介して、最初に生活についての話し合いをしておきなさい」
母はアンドロイドの扱い方を知っているようだ。
アンドロイドとの生活については出会った最初の会話が、意外と大事になってくるのは噂話で聞いた。
ママ友の中でも「我が家のアンドロイド」という話の話題は定番となっていた。
「母さんとは違って、優しく起こしてくれるかな」
少し母をからかう様に言う。
それに畳みかけるように母は答えた。
「心配しないで。私の方から、痛いほど叩き起こしてあげるよう説得しておくわよ」
身の毛がよだつ一言だった。
(叩き起こす・・・)
パンを食べる口が止まり、母の背中を見て静止してしまったのだった。
「さぁ、朝食を食べたら行ってくるのよ。まぁ困ったことがあったら電話してきなさい」
さりげなく言った一言は母の優しさであった。
「大丈夫だって。心配しないで。大学生活を楽しんでくるよ」
「ちゃんと勉強するのよ」
最後の最後まで母は激励を息子におくる。
それほど本心は心配でいっぱいなのであろう。
「大丈夫だって。ちゃんと大学を卒業してやるよ」
「その前に、寝坊を卒業してくれないかしら」
いつになっても親子であり、情けない息子に
説教するのは今でも変わりないのだ。
鈴音大地は朝食を終えて、まとめてあった荷物を持ち玄関の扉を開ける。
「気を付けてね」
「行ってきます」
家の周りを囲む木々からは、優しい風によって
草が舞い上がっていた。
いよいよ自宅を出て、祖父の家に向かう。
全自動の電車に乗って遠くまで行こうとする息子を
母は手を振って見送った。
息子は背中を見せたまま、ゆっくり、ゆっくりと駅に向かって歩いていくのであった。